23 邂逅 ⑤

 服従ではなく、恋。


「『恋』という感情が、『人間全体に対する服従』を上書きできるのか。彼はそれを実験しようとしました。『パーソナル性』は限定的な実験になるように組み込まれただけで、それが目的ではありません。そして彼は、貴方がある程度成長するまで待って、その実験を行いました」

「僕を、待って……なぜ、ですか。別に父自身を対象にしてもよかったのでは」

「彼自身を対象にしたくはなかったから。彼には、もう愛しあう者がいたから」


 カグヤの答えが、フユの予想とはあまりにもかけ離れたものだったので、フユは少し呆気に取られてしまった。


 なんと身勝手なことだろうか。


「じゃあ、ヘイゼルは」

「この先ずっと、貴方に恋し続けるはずです。『愛』ではなく、『恋』。だからあれは、貴方が他の誰かと添い遂げようとすれば、その邪魔をしようとするでしょう。貴方か、あれか、どちらかがこの世からいなくなるまで」

「そんな、そんなの、おかしいじゃないですか。生まれながらにしてそう決められてるなんて。ヘイゼルだって」


 しかしフユの言葉はそこで止まる。


 バイオロイドに自由意志など無い。フユに『恋』していなければ、他の誰か、もしくは人間全体に『服従』するだけのことだろう。


 ヘイゼルは人間ではない。人間に使われる道具、バイオロイドなのだ。


 ……本当にそうなのだろうか。自律的に行動する人間型の動体は、人間ではないというのだろうか。


「バイオロイドとは、なんですか。人間とは……人間とは、なんなのですか」


 フユの頭の中で様々なことが巡り巡って、フユはその答えが見つからず、混乱した。


 ヘイゼルが自分に『恋』しているということが邪魔なわけでも、悲しいわけではない。いや、ヘイゼルがいたから、自分はまだ生きている。


 でも、でも。頭の中で、そんな声がこだまする。


 パーソナル・インプリンティングが無ければ、ヘイゼルはこれほどまでにフユを慕うだろうか。


 改めてフユは気づかされる。自分がヘイゼルをどう思っているのかに。


 ヘイゼルが好きだ。でもなぜか。それは分からない。好きだから、好きなのだ。

 でもヘイゼルはそうでは無い。ヘイゼルはフユのことが好きだろう。でもそれには理由がある。彼の遺伝子にそう書かれているからだ。

 

 ヘイゼルのその感情は、偽物なのではないか。

 ヘイゼルの、本当の感情は、どこにあるというのだろうか。


 自然と顔が下を向く。胸が苦しかった。


 ヘイゼルを単なる『道具』として見ることができたなら、こんな気持ちにはならなかっただろう。


 だから、だからこそ、新たな疑問がわいてきた。


「なぜ、ヘイゼルは男性型なのですか。僕は、男です」

「もちろん、貴方のお父さんが作ろうとしていたのは、『女性型』バイオロイドです」

「じゃあ、なぜ」

「女性型として設計したはずのバイオロイドが、培養途中でその性を変え、男性型として誕生してしまったのです。きっとお父さんにも予想外のことだったでしょう。そのバイオロイドのパーソナルスーツには、女性型用のものを用意していたのですから」


 フユが疑問に思っていたこと、そのほとんどが明らかになった。

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