24 邂逅 ⑥

 父が目指した目標、『バイオロイドの解放』へはまだ道半ばのようだ。それはそれとして、フユには聞きたいことが山ほどある。


 例えば、なぜそのように設計されたはずのヘイゼルがマーケットに出されたのか。実験が成功した後、どうしようとしていたのか。父と解放戦線との関係。自分が解放戦線に狙われるのは本当にPIに関するものが原因なのか。そして……


 でもそれらすべてが、ヘイゼルへの想いによって彼方へと流されていった。


「なぜ、なぜ父は、こんなことを僕に課したのでしょう」


 恋人を、しかも同性を押し付けられた――それはいい。別に同性だってかまわない。人間同士じゃなくたって構わない。


 でも、である。純粋に、ヘイゼルと恋し合えたならどれほどよかっただろうか。


一体のバイオロイドの運命と、そしてテロ組織が狙う技術、もしかしたらヘイゼルにはまだ何かあるかもしれない。

 それら全てをフユに押し付けて、父はこの世を去ったのだ。


「お父様から貴方に、伝言があります」


 カグヤが静かにそう言った。はっとして、フユが顔を上げる。


「伝言、ですか」

「ええ。万一、自分の身に何かあった時は、私から貴方に伝えて欲しいと、そう頼まれていました。本当は自分の口で言いたかったのでしょう」

「なん、ですか」

「許してもらおうとは思っていない。後はお前の思うようにしろ。そう伝えてくれと」


 父はどこまでも研究者だった。父として、その背中、その行動を子に見せることもなく、子に進むべき道を示すこともなく、その最期の言葉が『思うようにしろ』だとは!


 いや、だからかもしれない。父とは別の道を歩こう。フユはそう強く思った。


「ヘイゼルの……ヘイゼルに組み込まれたパーソナル・インプリンティングを除去することは可能ですか」

 

 何とか絞り出した声が、少し上ずっている。


「ごめんなさい。そもそも、アキトが何をあのバイオロイドに組み込んだのか、なぜ男性型になってしまったのか、私は知らないのです。彼は、PIの核心的技術をこの私からも隠してしまいました。もし彼がどこかにそれを残していれば、可能かもしれませんが」


 ふと、フユはあの写真を思い出した。裏に奇妙なマークがついていたもの。その存在をカグヤに告げようとした時、フユはまたえも知れない違和感に襲われた。


 それが何なのか、心を落ち着かせ、自分自身に問いかける。


 目の前の女性は、バイオロイド解放戦線と何かしらの関係があるのだろう。警戒すべきかもしれないが、そんなこと以上に、カグヤの話を聞いている間中ずっとフユが疑問に思っていたことがある。


 それがようやく、はっきりとした言葉になった。


「父と貴女は、バイオロイドの解放を目指していた。そうですよね」

「ええ。でも誤解しないでください。私は、あのテロ組織のものではありません。もちろん、貴方のお父さんも」

「そうじゃないんです。バイオロイドは人間に使役されるために生み出され、使われている。そうですよね」

「ええ」

「なぜ、ロボットじゃ駄目なのですか。解放というのならそもそも、バイオロイドを作らなければいい」


 そこでフユははっとなった。まさに『バイオロイド解放戦線』はそれを目指しているのではないだろうか。


 じゃあ父は、そしてこのカグヤという女性は――


「なぜ、バイオロイドという、ほとんど人間と変わらない存在に固執するのですか。そんな悲しい存在なら、作らなければいい。バイオロイドには、生殖機能はない。バイオロイドを生み出しているのは、人間です。なぜバイオロイドでなければいけないんですか」


 その問いかけに、しかしカグヤはしばらく口をつぐんでいた。と、おもむろにカグヤが立ち上がり、そしてフユに手を伸ばす。その手はフユの頬に添えられた。


「本当に、貴方は賢い。現状を無批判に受け入れるのではなく、常にその原因を考え、知ろうとしています。だから貴方なら、きっと分かってくれるでしょう。アキトが、そして私が目指していたものを。でもそこには、貴方自身で辿り着きなさい」


 そういうとカグヤはフユから手を離し、そしてすっと背筋を伸ばた。


「もうそろそろお別れのようです」

「待ってください。貴女は何者ですか」


 フユが座っていた立方体から飛び降りる。


「一にして全。全にして一。それが私。この『カグヤ・コートライト』としての姿もその一に過ぎません」


 カグヤが口元に笑みを浮かべた。そしてゆっくりと目を開く。隠されていたものが露になった。


「いつかまた会いましょう、フユ。貴方が私たちの境地にたどり着いた時に」

 

 息を飲むような、透き通ったエメラルド・グリーンの瞳。それが、どこまでも無機的に、煌めく光を放っていた。

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