9 抱えるもの

 イザヨ・クエル・エンゲージは、ラウレと同じく、イザヨ・クレアというDNAデザイナーが設計したバイオロイドである。しかしその評価はラウレとは違い、マーケットに出てきた時から既に、極めて高いものだった。


 そして、毎年『売れ残り』や『返品物件』のバイオロイドを格安で引き取ってくるはずのクエンレン教導学校が、今年の春はなぜかかなりの高額でエンゲージを獲得したのである。


 ただ、昨年の春に獲得したイザヨ・クエル・ラウレが、同じデザイナーが手掛けたにしては、一年目の成績がほぼ最下位だっただけに、実際のところ教師も生徒も、エンゲージの性能について半信半疑だったようだ。


 ところが、エンゲージは今年一回目の性能テストで、全バイオロイドの中でトップの成績をあげた。

 三年生は既に担当するバイオロイドを決めてしまっている。つまりエンゲージは二年生が担当すると思われ、二年生の特待生二人が喜びに舞い上がったのも無理はない。そして彼らは、自分こそが担当にと、競い合うようにエンゲージに共同訓練を申し込んでいた。そしてエンゲージも、この二人以外とは共同訓練をしてこなかったのだ。


 それがである。今回、何故か一年生の、それも成績が全くの平凡なものであるクールーンの共同訓練申し込みを受けたというので、学校内は大騒ぎになっていた。


 そんなエンゲージについての話も、カルディナはフユに手短に説明してみせた。フユは、彼の伝達能力に密かに感心しつつも、その話の内容よりも、話をする時のカルディナのどこか冷めた様子の方が気になってしまう。


「君は、エンゲージには興味が無いようだね」


 カルディナがバーガーの最後の一口を飲み込むのと同時に、フユはそう訊いてみた。もし、エンゲージが二年生の特待生とペアを組む気が無いのなら、カルディナにもチャンスが回ってくることを意味するはずである。

 しかし、フユの質問が想定外だったのだろうか、カルディナの目が、眠気が飛んだように見開かれた。


「あ? ああ、そうだな、俺の趣味じゃない」


 カルディナはそう言うと、席から立ち上がった。話は終わり、ということなのだろう。

 カルディナが学校一のバイオロイドを『趣味』という言葉で切り捨てたことに、フユは笑わずにはいられない。きっとカルディナ、成績だけでなく、その容姿の良さからもクラスメイトから嫉妬を買っているのだろう。しかし、随分と変わった価値観の持ち主のようだ。


「色々教えてくれて、ありがとう」

「ああ。まあ、役に立ったと思うなら、いつか何かでお返ししてくれ」


 冗談とも本気ともつかぬ言葉を残し、カルディナはフユよりも一足先に食堂を後にした。


 フユもそろそろブリーフィングの準備をする必要があった。その為にはまず、ヘイゼルに会わなければならない。持っていた生徒用情報端末によると、第一八班はトレーニング施設にいるらしい。

 フユは、まだ生徒が残る学生食堂を後にし、昼でも空の低い所に浮かんでいるロスの光の中へと出た。


 共同訓練の日は、既定の時間外でも生徒とバイオロイドが会うことが許されている。にもかかわらず、ヘイゼルは朝からずっとフユの前に姿を現していなかった。それがフユには少し意外に思え、肩透かしでもある。それと同時に、フユをわずかな不安が襲った。


『昨日の僕の態度に、怒ったのかな』


 校内に設置されているバランススクーターを借り、フユは第一八班がいるはずのトレーニング施設へと向かった。どこに乗り捨てても、自動で元の場所に帰還してくれる便利なものである。目的地に着き、帰還ボタンを押すと、バランススクーターは無人のまま学生食堂の方へと走り去っていった。


 それを見届けることもなく、フユは施設へと入っていく。受付に尋ねると、ヘイゼルはここにはいないと告げられた。フユの心の中に生じた不安が、さらに大きくなる。

 僅かばかりの望みを持ってトレーニングルームをのぞいてみたのだが、そこにいたのは気怠そうに動くラウレと、元気いっぱいにトレーニングを失敗しているレイリスの二体だけだった。

 トレーニングルームの中に入ってみると、フユの姿を見つけたレイリスが、ととととっと音をさせながら近づいてくる。


「やあ、レイリス。ヘイゼルを知らないかな」


 フユは、レイリスから返事をそれほど期待してはいなかったのだが、返ってきたのは意外なものだった。


「えっとね。先に行っててって、ヘイゼルが言ってたよ」

「先に? ブリーフィングルームにかな」

「ん-、分かんない」


 役に立つのか立たないのかよく分からないものであったが、フユはレイリスに礼を言い、ブリーフィングルームへ行くことにした。

 ふとラウレと目が合う。昨日見た、あの人間を見下すような表情は無く、代わりに、得体の知れない黒い靄のようなものを、フユはその中に見たような気がした。

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