39 二人の時間

「コピー」


 ヘイゼルがそう返事した瞬間、堰き止められていたものが一気に噴き出すように、フユは声を上げて泣いた。


 しばらくそうしていた後、ヘイゼルに促されるままに、オーロラの揺らめくテラスを後にし、二人手を取り合って屋内へと入る。


 それからのことを、フユはあまり覚えていない。ただ、「フユの身体も見たいな」というヘイゼルの言葉に、フユも生まれたままの姿になりベッドで二人抱き合ったことだけは、フユの記憶にはっきりと刻まれた。


 人間に比べ代謝量の少ないヘイゼルの肌はひんやりとしていて、その感触は高ぶっていたフユの神経を緩やかに静めていく。

 ヘイゼルの「フユの身体、ボクと一緒なんだね」という言葉を子守歌に、フユはいつのまにか眠りに落ちていた。



 電子音が軽く鳴り響く。少しのどかで、緊張感の抜けたその音は、警報とは音質も音量も違っていたが、フユの魂を夢の世界から現実へと引き戻すには十分なものだった。


 目が覚めてすぐ、フユは自分が腕の中に何か抱いていることに気が付いた。灰色の髪が長く伸び、ベッドの下へと垂れている。触れてみると、それはとても艶やかだった。

 ヘイゼルは、柔らかな表情をしたまま目をつむっている。ずっと見続けていたいと思い、フユは息をひそめた。


(バイオロイドも眠るんだ)


 驚きと微笑ましさ。バイオロイドがカプセルの中でメンテナンスを行うという知識はあっても、その中でどういう状態でいるのか、その外ではどうなのか、ということはテキストには載っていなかった。

 これから習うことなか、それとも身をもって学んでいくことなのか……


 と、ヘイゼルの頭が僅かに動く。


「ん……」


 光沢のある可愛らしい唇から音が漏れた後、ヘイゼルがゆっくりと目を開けた。そしてフユを見上げ、軽く微笑む。


「フユ、おはよ」


 こんな親しげな朝の挨拶を聞いたのは、一体いつ以来だろうか。ましてや、誰かと一緒に朝を迎えるなんて――


「あ、うん、おはよう」


 フユが、ぎこちなさがたっぷりと含まれた挨拶を返した。ヘイゼルが、うれしそうに自分の頬をフユの胸へと押し当てる。

 そこでフユは、自分とヘイゼルが今どういう姿でいるのかを思い出した。


「ヘ、ヘイゼル!」


 少しの後ろめたさとその数倍もの恥ずかしさがフユを襲う。すぐさまヘイゼルの肩を持ち、自分の身体から引き離した。

 ヘイゼルが、フユの突然の様子に、不思議そうな顔を見せる。


「どうしたの、フユ。顔が赤いよ」

「ばっ、あっ、いや、ふ、ふく、着ないと」


 フユの口から、意味を為さない言葉の羅列が飛び出していった。少しの沈黙。そのままフユは、自分だけが感じている気まずさを紛らわせながら、床に脱ぎ捨てられていたパジャマを拾い始めた。


(流れとは言え、何てことをしてしまったのだろう)


 思い出すだけで、すぐにでもクローゼットの中に隠れてしまいたくなる。


「なぜ? このままでいたいな」


 ヘイゼルはフユのいなくなったベッドにうつ伏せになってしがみ付いていた。

 一体どういう意図でそんなことを口にしているのか。


「いや、もう朝なんだからさ」


 フユは、拾った服で身体の前を隠しつつ、ヘイゼルに起きるよう催促する。そして、自分が口にした言葉の重大さに気が付いた。


「大変! ヘイゼル、もしかして、宿泊許可」


 生徒とバイオロイドが『コンダクターとエイダー』の関係でない場合、そのバイオロイドを生徒の部屋に入れるには許可が必要だ。しかもそれは訓練に向けた圧縮暗号や作戦の打ち合わせを行うという名目でないといけない。もちろんそれは、訓練のペアになっているのが条件になる。


「もしかしなくても、そんなもの取ってないよ。第一、まだフユからペア申請されてないし」


 ヘイゼルは平然とそう答えたが、それを聞いたフユの顔からは血の気が引いていった。


「どうしよう、下手したら退学だ」

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