4 賭けの勝者
灰髪のバイオロイドと赤髪のバイオロイドが、向かい合って立つ。その光景がバイオロイドたちにとってもあまりに珍しかったからだろうか、他にも何面かあるコートにいたバイオロイドたちがみな訓練の手を止め、その二体のバイオロイド――いや、実質的にはその片方、赤髪のラウレに視線を注いでいた。
「やあ、カルディナ。って、あれ」
穏やかな声がカルディナにかかる。振り返ると、フユもこれから模擬戦を始めようとしているバイオロイドを少し驚いた様子で見ていた。
「よお。ヘイゼルの様子を見に来たのか」
「うん、そうだけど、ラウレがヘイゼルと試合をするの」
「ああ」
フユがカルディナの横に立つ。それに気づいたヘイゼルがフユをちらと見るやいなや、ラウレを置いてフユの許へと走り寄ってきた。練習場と見学スペースを隔てる1mほどの壁を飛び越えフユに抱き着くのを、フユがなんとか倒れずに受け止める。
「ほら、ヘイゼル。戻って」
諭すように言うフユをヘイゼルは少しの間、金色に光る熱い瞳で見つめていたが、「行ってくるね」と小さく囁くと、また練習場へと戻っていった。
「随分と聞き分けがよくなったもんだ。前までなら、お前にへばりついたまま訓練をほったらかしてただろうに」
「まあね」
「何があったんだ」
「別に、何も。見ての通り、『成長』したんだと思うよ」
「あれは成長というより、変身だ」
「そうかもね」
ヘイゼルの『変身』についても、フユはあまり多くを語ろうとはしない。色が変わってすぐのころのヘイゼルには、その容姿を含め、随分と心無い言葉が投げかけられたものだが、フユはそれにいちいち反応することをしなかった。今はもうそのようなものは噂すら耳にすることも無い。
カルディナからすれば、ヘイゼル以上にフユが成長したように思える。自分と同じ年のはずなのに、フユを見るとどこか『大人』を感じずにはいられなかった。
「それより、ラウレは訓練をする気になったの?」
「いや、あれは訓練じゃない。俺との賭けだ」
「賭け?」
不思議な表情を見せたフユに、カルディナはラウレとした話を聞かせた。
「どうだろう。ラウレに、ヘイゼルの攻撃がよけられるかな」
そう言ってフユは、少し楽し気に二体のバイオロイドを見つめる。それがカルディナには羨ましく感じられ、そう感じた自分を少し恥ずかしくも思った。
ヘイゼルはもうすでに構えの姿勢をとっていたが、ラウレは後ろで手を組んだままである。指導教官がそれを注意したが、ラウレの「構わないから始めてくれたまえ」という返事に、教官はそのまま試合開始の合図を出した。
ヘイゼルが動く。手を後ろに回したままのラウレに対し右足の蹴りを入れようとしたが、踏み込むのをやめ、その場でくるりと蹴りを透かすと、側転をしてラウレから距離をとった。
格闘技の心得のないフユやカルディナには、実際のところ、ヘイゼルが蹴りを入れようとしたことすら分からなかった。ただ近づき、そして何もせずに離れてしまったように見えたのだ。まるで、無防備なラウレに攻撃するのをためらったかのように。
「ヘイゼル、遠慮はいらない」
フユがそう声をかける。するとヘイゼルは、左右にステップを何度か踏み、人間の目では追えないほどの素早さでラウレの側面に回ったが、やはり蹴りのそぶりを見せただけで、また離れてしまった。
その間、ラウレはほとんど動いていない。
「どういうことだ」
カルディナが怪訝な表情でフユに尋ねる。
「分からない」
フユは当惑した表情でカルディナに答えた。
「手を抜いているのか」
「それはないよ。ヘイゼルは真剣にやってる」
見ればわかる――フユはカルディナにそう付け足した。
「じゃあ、なぜ攻撃しない」
「後で聞いてみないと、詳しいことは分からないよ」
フユにすらヘイゼルの意図が分からない。なら自分には想像もつかないだろう――カルディナは、何か不思議なものを見せられているようだった。
フユは、カルディナとラウレが『賭け』をしていることを知っている。だからだろうか、再三に渡ってヘイゼルに攻めるよう声を掛けたが、その後もヘイゼルは何度か仕掛けるそぶりを見せただけで、結局攻撃らしい攻撃をすることなく、制限時間の三分が過ぎてしまった。
終わるとすぐに、ヘイゼルがフユの許へと駆け寄ってくる。しかしさっきとは違いあまり元気がない。ヘイゼルはフユのすぐそばまで来ると、「ごめんなさい」と小さくつぶやいた。
「なぜ遠慮した、ヘイゼル」
「遠慮はしてないよ。本当に」
自分の行動が『命令違反』ではないことを、ヘイゼルがフユにアピールしようとしている。横から、カルディナが口をはさんだ。
「なぜ攻撃しなかった。何があった」
ヘイゼルが少し戸惑いを見せる。フユが軽くうなずくと、ヘイゼルはカルディナに向けて何かを言おうとしたが、しかし後ろから発せられた声がそれを遮った。
「しなかったんじゃない、できなかったんだよ、ロータス君。賭けは、この僕の勝ちのようだねぇ」
二人と一体の視線が声の主へと注がれる。ラウレが、その収まりのつかない赤髪を指でくるくると巻きながら、カルディナを妖しく見つめていた。
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