第四章

出動

1 変身の影響

 カルディナの視線の先では、何体かの赤髪のバイオロイドたちが無手での戦闘訓練を行っている。


 俊敏性の高いクエル・タイプ――赤髪のバイオロイドは、救助活動だけではなく、現場の安全確保の役目も担う。時には救助隊が暴漢、暴徒に襲われることもあり、そのような状況にはクエル・タイプのバイオロイドが対応するのだ。


 今は、タイプ別の訓練が行われている時間だった。カルディナが担当するバイオロイド、マクスバート・レス・コフィンはレス・タイプ――主に被災者や遭難者の捜索を担当するバイオロイドであり、この訓練場にはいない。


 三年生が卒業したのと同時に、その担当するバイオロイドもこの学校を卒業する。それと入れ替わりに、新しいバイオロイドがマーケットから『補充』されるのだが、その新しく入ってきたバイオロイドたちも、すでに在籍しているバイオロイドたちに交じってさっそく訓練を受けている。


 カルディナがここにいるのは、自身が担当する『三体目』のバイオロイドを吟味するためであった。

 結局カルディナは、それまでにいたバイオロイドの中から、自分に適したバイオロイドを見つけ出すことができなかった。だから、学校から許可をもらっていた『三体目の選考』を新しいバイオロイドの中から行うことにしたのだ。


 そう、決して『二体目』のバイオロイドを見に来たのではない。


「いやあ、ロータス君じゃないか。そこで何をしているんだい。まさか、今さらこの僕を見に来たんじゃないだろう?」


 見学スペースにいたカルディナのところに、一体のバイオロイドが近づいてきて、そう声をかけた。


 ねっとりとした物言いがカルディナの耳に絡みつく。浮かない表情で訓練の様子を見ていたカルディナの表情が、見るからに不機嫌なものへと変わった。


「ラウレ、訓練に戻れ」


 カルディナは、自分に声をかけてきたバイオロイド――イザヨ・クエル・ラウレに対し、そっけない言葉を投げつける。ラウレはそれを鼻で笑った。


「君の命令を聞く必要は、この僕にはないねぇ。何せ君は、指揮することを放棄したのだから」


 登録上、ラウレを担当する生徒はいまだカルディナのままであり、ラウレの認識は本来間違っているのだが、カルディナにはそれを指摘する気はない。実際、ラウレの言うとおりである。


「なら声をかけてくるな。邪魔だ」


 一瞬だけラウレに向けた視線を、カルディナはまた訓練場に戻した。


 赤髪の中に一体だけ交じる、別の髪色。深い霧――いや、雷雨をもたらす厚い雲よりも濃い灰色の髪をなびかせ、フォーワル・ティア・ヘイゼルがイザヨ・クエル・エンゲージと戦っている。


 ヘイゼルに言い渡された懲罰期間は当初、無期限だった。しかし、ヘイゼルを担当するフユ・リオンディが冬休みを返上して『特別教育プログラム』を受けることを条件に、その期間が三か月に短縮された。


 ところが実際には、ヘイゼルは一か月ほどで懲罰室を出ることになった。理由は、学校の発表では『ヘイゼルが懲罰中、極めて模範的な態度であったため』というものであったが、生徒達の間で随分と色々な憶測がなされた。


 そのほとんどは、フユへの誹謗中傷に似たものであったが、フユは何を言われてもただ微笑むばかりで、否定することも言い返すこともしなかった。


 カルディナが耳にした中で一番もっともだと感じたのは、主席エイダーにして今はフユの担当するところとなっているレ・ディユ・ファランヴェールによる理事長への『強力な』働きかけがあったというものだ。


 カルディナは、冬期休暇で実家に一週間帰ったのだが、そこから戻った後、姉からフユへの伝言――機会があれば、会いに来てほしいというものであり、カルディナはフユにそれを伝えるかどうかかなり迷うことになってしまった――を伝える傍ら、フユにそれとなく聞いてみた。ファランヴェールの尽力があったのかどうかを。


 フユは「次の機会には必ず」と姉への返事を答えた後、カルディナの問いかけにうなずき、そして「秘密にね」という言葉を最後に、もうそのことに触れようとはしなかった。カルディナは、フユの表情が随分と大人びたものに変わってしまったことに驚きつつ、一体、冬期休暇の間に何があったのか首をひねる羽目になってしまった。


 変わってしまったのはフユだけではない。今まさに目の前で起こっていること――髪の色も体の色も随分と変わってしまったヘイゼルが、模擬戦でも最強を誇っていたエンゲージと互角に渡り合っていて、一向に勝負がつきそうにないこともまた、『驚くべき変化』である。


「いやあ、ヘイゼルは随分と強くなったねぇ。一体何があったのやら、興味深い」


 カルディナの視線の先に目を向けたラウレが、楽し気にそう漏らす。その声がまたカルディナの神経を逆なでしたが、それが自分への『挑発』だと分かっているだけに、カルディナはその感情を寸でのところで飲み込んだ。

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