15 異変 ②
※
エンゲージの次に異変に気付いたのは、カルディナのパートナー、マクスバート・レス・コフィンだった。
コフィンは、試験開始前にカルディナに言われた通り、フィールドの隅、マップでいうところの『右上』辺りで動かずにいた。
少し小高い場所にある岩の上に立ち、周囲を眺める。首元で綺麗に切りそろえられたボブカットの青い髪が、時折強く吹く風になびき、頬を打つ。
フィールドを飛び交う電磁波がコフィンの第二の耳を震わせ脳内に雑音を再生しているが、コフィンにはそれがうるさく感じられた。
「そのような『雑音』をたどらずとも、どこに人間がいるか、『見れば』わかりますのに」
実際、コフィンの視界には小さなオーラの点が二つ見えている。きっと、山肌に立つ木の陰に隠れている生徒のものなのだろう。
「ワタクシが見るに、あれはアンディ・ケイサインとヨーマ・クイントンですね」
コフィンは、まるで傍にいる誰かに伝えるように、試験に参加している生徒の名前を口にした。今は誰もいないのだが。
二人の生徒、そのどちらとも距離は少し離れている。しかしカルディナの指示さえあればそこへ行き、発見の報告をすることができるだろう。だが試験が始まって、まだ五分も経っていない。
『一〇分経つまでは周辺エリアを巡回していろ。エリアの外には出るな』
コフィンにとって、カルディナの命令は絶対だった。
人間のオーラが見える――この学校に来てすぐに、コフィンが訓練担当の教官にそう話したとき、教官は薄気味悪いものを見るような眼をした。
それは、コフィンの能力を『薄気味悪い』と思ったからではない。目の前にいるバイオロイドが『イカレているのではないか』と疑ったからだ。彼のオーラがそう告げていた。
どの人間に話しても、反応はそう変わらなかった。カルディナ以外は。
初めての共同訓練の時、カルディナにもそのことを告げた。返ってきたのは、「あ、そう」という言葉だけで、彼はそれ以上興味を示すことはなかった。
後で分かったことであるが、カルディナにとって重要なのは『効果』と『それがもたらす結果』であるようだ。それ以外にも重要視する要素があったようにも思えたが、それはコフィンには分からなかった。
ただ一つハッキリしていることは、その彼が、運動能力も感知能力も他のバイオロイドより劣る自分をパートナーとして選んだということである。カルディナは特待生であり、コフィンよりもっと優秀な他のバイオロイドを選べる立場にあるにもかかわらず。
一般に教導学校に所属するエイダー候補のバイオロイドは、ある程度年数が経ってもパートナーが見つからない場合、『返品』され、『労働力』として様々な場に再配備される。コフィンはここに来て三年目であり、今年パートナーが見つからなければ、そろそろ返品のリストに載るところだったのだ。
なぜカルディナが自分を選んだのか、実際のところ、コフィンにはよく分からない。コフィンがこうやって人間を目視によって発見でき、それが捜索に役に立つことに、カルディナが気づいたからなのか。それとも、もっと別の理由なのか。
コフィンにとって、理由がどれであるかは問題ではない。自分を選んでくれた、その結果がすべてであり、それが『絶対』なのだ。
カルディナの命令は、周辺エリアの巡回である。この場に留まり続けることも命令に反することだろう。
コフィンはこの場を動くことにした。
ふと視界の端に、コフィンから少し離れた場所を、人影が動くのが見えた。しかしオーラは見えない。
「バイオロイド……にしては、奇妙ですね」
また、コフィンの口から独り言が漏れる。
試験に参加しているバイオロイドたちは皆、この日はパーソナル・ウェアを着ていた。
それはコフィンも同じで、丈の短めな緑色のジャケットと白いシャツ、そして白いパンツという出で立ちを今日初めてカルディナに披露した。
伸縮性に優れているとはいえ細い体に吸い付くようなぴったりとした服装は、余りコフィンのお気に入りではない。
カルディナは、「動きやすそうじゃないか」という一言で感想を済ませてしまったが、コフィンはそれを「カルディナらしい」と思った。
そう、今日はバイオロイドにとっても特別な日である。コフィンの視界を横切っていく者のように、薄茶けたフードマントに身をくるみ、魂が抜けたようにふらふらと歩くバイオロイドなど、いるはずがない。
「あのフードマントは、防電磁波加工されているもののようですが……生徒でもそのパートナーでもない」
このフィールドでは異質な存在であったが、発見すべき対象でもなければ、カルディナにとって脅威となるバイオロイドでもない。
つまり、それの報告は、カルディナの命令には含まれていないのだ。
その異質な存在が、木々の中へと消えていく。コフィンは立っていた岩から飛び降り、その場を離れた。
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