21 動き出した計画


 眠れぬ夜が明けた後――といっても、公転と自転の速度が同じなため、ネオアースに『暗い夜』は無いのだが――屋上テラス出てみると、昨日とはうって変わって、雲一つない空が広がっていた。やや黄味がかった青い空には遠くのほうで鳥が飛んでいる。


 部屋に戻ったフユは、情報端末にカルディナからのメッセージが入っていることに気が付いた。


『大丈夫なのか』


 そのただ一言ではあったが、何がとは聞き返さず、フユはただ『大丈夫』とだけ返信した。


 多分、カルディナは何が起こったのかは知らないだろう。それでも、何があったのかとは聞いてこないあたり、余り普段は表に出さないカルディナの優しさが見えたような気がした。


 情報端末には、学生食堂に食事が用意されており、それを受け取り各自の部屋で食べることと、今日の学校活動は引き続きすべて中止になったという通知が来ている。また、引き続き不要不急の外出を控えることと、校外への外出禁止、そして明日から学校生活が通常通り再開予定であることも記されていた。


 それらを既読にした後、フユは朝食を受け取るために食堂へと向かった。食堂には親しい者の顔はなく、そのまま部屋に戻り朝食を済ませると、少しだけ時間が過ぎるのを待ってからフユはまた部屋を後にした。


 訪れた理事長室には、理事長ともう二人ほど白衣を着た男性がいた。二人とも年配であり、多分、バイオロイド管理部の人だろうとフユは予想する。

 ファランヴェールはいない。呼ばれていないのか、そうでなければまだメンテナンス中なのだろう。流れていた体液は決して少なくはなかった。きっと傷は深かったに違いない。


 思い出したくない光景がふとフユの頭をよぎる。フユは少し顔をゆがめた。


 事情聴取はすぐに終わった。襲撃された時の様子を伝えただけであり、それ以上のことはフユにも分からないからだ。


「あのバイオロイドは、何者だったのですか」


 話が切れた頃合いで、フユはそう尋ねた。


「今、調査中だ」


 白衣の一人が、あまり感情のこもっていない声で応じる。


「あの……ヘイゼルを設計したのはどういう人ですか」


 フユは、理事長に向けてその質問をぶつけてみる。スーツを着た恰幅のいい男は、まるでフユがその質問をすることを予想していたように、驚きもせずに口を開いた。


「リオンディ君。食堂の朝食のレシピを誰が考えたのか、どうやったら分かると思うかね」


 その答えに、フユの方が驚いてしまう。


「え、それは、食堂の調理人では」

「今日の食事は外注だ。あれを作った会社があり、そこでメニューを考えた人がいる。その会社に問い合わせればわかるだろう」


 低く重たい声ではあるが、不思議と安心感を抱く。キャノップ理事長の声は、フユにはそう聞こえた。


「では、ヘイゼルのDNAを設計した会社は」

「会社ではなく、小さな研究所だ。コートニック研究所という。しかしもう、存在しない」

「えっ」

「我々も調べたのだがね。設計したバイオロイドはヘイゼルただ一体だけ。その後、設計者登録が抹消されている」


 バイオロイドは誰彼と設計・製造ができるわけではない。全てバイオロイド管理局の許可が必要であり、その審査に合格した者にだけ許可が下りる。


「バイオロイド管理局なら知っているのでは」

「キース・コートニックという男が所長だったそうだ。しかし彼は二年前に死んでいる。もう一人、バイオロイド研究者がいたそうだ。それが、フォーワルという人物なのだが……どうも偽名のようだ。そのような人物はどこを探しても見つからなかった」


 フユが知りたいことを、キャノップは承知しているようだった。先回りするようなキャノップの答えで、フユはもう聞くべきことを無くしてしまった。


「ありがとうございました。それでは、失礼します」


 もう話は終わりだろう。そう思い、フユはキャノップに礼をしたのだが、キャノップはそのフユを制止する。


「待ちたまえ。もう一つ君に用がある」


 それに続けて、キャノップが理事長室の扉の方に向けて、「呼んできてくれ」と声をかけた。

 程なくして、理事長室の扉が開く。そこには銀縁の眼鏡をかけた、つまらなそうな表情のカルディナと、どこか不満げな顔のクールーンの姿があった。

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