22 特別な指令
三人そろったところで理事長から告げられたのは、『テロ災害専門の救助隊の創設』と、そして『君ら三人を、その任に当てる』ということだった。
「ちょっと待ってください。俺たちはまだ入学したばかりで、大した訓練を受けてないんですよ」
カルディナはすぐに抗議の声を上げた。何者を前にしても物怖じしない、それは「彼らしい」振舞であり、それよりもフユが驚いたのは、クールーンが不満げな表情を変えずにいたことだった。
「あ、ああ、済まない。言葉足らずだったようだ。この学校にもテロ災害専門の過程を作る。君たちをその第一期訓練生とするということだ。別に今すぐ現場に出ろというわけではない」
もちろんキャノップが返した言葉は、「はい、そうですか」と納得できるものではない。
確かに、災害救助が「ぬるい」などと言えるようなものでないのは、フユにも分かっている。助ける方も命がけであり、場合によっては凄惨な現場を目にしなければいけないこともあるだろう。事件現場となれば、犯人と鉢合わせになることだってありうる。しかし、である。
「一緒です。いつかは現場に出ることになる。テロの現場なんて」
さらに抗議するカルディナを、キャノップが軽く手を上げて制止した。
「今ある救助隊も自然災害専門というわけではない。最近、テロ事件が増えてきているのも聞いているだろう。いつかは、どのみちそういう機会が来る。君たちもそれを承知でコンダクターを目指しているはずだ。テロ災害専門の部隊を設けるというのは行政府から全養成所へ向けた要請だ。君らがならなくても、誰かがなる。嫌なら、断ってもらって構わない」
まるで突き放すような言葉。しかしそれに含まれていたニュアンスは、キャノップが更に続けた言葉で明らかにされた。
「ただし、来年以降、特待生の資格はテロ災害専門課程の生徒に優先的に与えられる。これは君らの学年から適用される」
「なぜ、二年生は」
「テロ災害に対応するための訓練には、自然災害とは別のものが必要だ。今の二年生にそれをさせるのは、時間的、人員的に非効率的だと判断した。それに現場に飛び込んでいくのはバイオロイドたちだ。君らではない」
危険な目に合うのは君らではない……理事長はそう釘を刺し、「危険だから」と断る理由を全て潰してしまった。
つまり、このまま特待生の身分でいたければ、学校からの申し出を受け入れろと言うことである。カルディナにも、もちろんフユにも、断りようのない『指令』だった。
カルディナが、納得できない表情のまま、くっと言葉を飲み込む。
「では、この決断は、パートナーであるエイダーをより危険な目に合わせることになる、ということですね」
その様子を見ていたフユが、横から口をはさんだ。
「そうだ」
「なぜ、わざわざ選抜会前にこのようなことを」
伝えたのか。その言葉をフユが言い切る前に、キャノップが「だからこそ、だ」と答えた。
「ならば、もっと前に伝えられてしかるべきでは」
「その抗議なら、その通りだ。我々も最初は今の二年生からにしようと思っていたのだがね。そうならなかった理由の一つはエンゲージだ。あれは、クエル・タイプの中でも特に対バイオロイド用に作られている。エンゲージをテロ災害専門部隊に入ることは最初から決まっていたことだ。そのエンゲージがパートナーとしてウェイ君を選んだ。ウェイ君はもうこの話を承知している」
その言葉に、フユとカルディナの視線がクールーンの方を向く。しかしクールーンは、ぷいとそっぽを向いた。
「一つ、というと、他にもあるのですか」
カルディナがキャノップの方に向き直り、そう尋ねる。
「それはさっき言った通り、訓練期間の問題だ」
「それ以外にもありますよね」
カルディナの声のトーンが少し強くなる。傍に控えていた男から「理事長に対して失礼だぞ」という言葉が発せられたが、キャノップはそれを手で静止した。
「君たちにはもう一体、パートナーとなるバイオロイドを付ける。本来ならば二体目は二年生のこの時期なのだが、バイオロイドにも相応の訓練が必要だ。一年生の時から二体を指揮できるよう、君らには訓練を受けてもらう」
「もう一体ですか。『売れ残り』から選べと」
もう、カルディナは不満げなトーンを隠そうともしていない。フユにはそれが、断りようのない話にカルディナがせめてもの抵抗を見せているように思えた。
「選ぶのではない。引き受けてもらう。君らは選抜会で指名するバイオロイドをもう決めている。それとのタイプ的なバランスを考えて、こちらで選ばせてもらった」
「なっ……もう、決まってるんですか」
「ああ、そうだ。ウェイ君にはエリミア・セル・レイリスを、ロータス君にはイザヨ・クエル・ラウレを付ける」
その名前は、フユにも耳に残っている。ヘイゼルやコフィンと一緒に訓練していた二人。純粋無垢な様子で笑っていた緑髪のバイオロイドと、どこか斜に構えた様子でフユを眺めていた赤髪のバイオロイド。
「二体とも、第一八班のバイオロイドでは」
カルディナもすぐに気が付いたようだ。
「そうだ」
それがどうした。そんな風にキャノップが答える。
「売れ残り中の売れ残りですよ」
怒りでも不満でもなく、ただ純粋に驚いたような声をカルディナが上げた。そのようなバイオロイドに、過酷であろう現場での活動ができるのか。カルディナはそう聞きたいのだろう。
「理由は、いずれ分かる。まあ、エリミア・セル・レイリスはエンゲージの要望だがな」
クールーンも、不満げな表情は崩していない。彼にとって、これまでの話のどの部分が――いや、全部かもしれないが――不満なのか、それともただそのような表情を作っているだけなのか、フユにはわからなかった。
「あの、僕は」
自分だけ名前が挙がらなかったことに戸惑いを覚え、フユは思わず「僕」と言ってしまったが、フユ自身それに気が付いていない。
「リオンディ君には」
キャノップはそこで一瞬だけ言葉を切り、そして続けた。
「レ・ディユ・ファランヴェールを付ける。話は以上だ」
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