第3話 灰髪のバイオロイド

 ヘイゼルがフユを見つめながら、首をいっぱいに伸ばす。


「ボ、ボクを」


 その口から出た言葉は、しかし、ファランヴェールが彼の腕を後ろ手にひねり上げることで、さえぎられてしまった。突然襲った痛みに、ヘイゼルの甲高い悲鳴が響き渡る。


「無断欠課、そして規定時間外でのコンダクター候補生への接触。どちらも懲罰対象だ。それにこれまでの度重なる脱走。一体君は何度懲罰室に入れば気が済むのだ」


 ファランヴェールの声色は、どこまでも穏やかである。しかし同時に、押しつぶすほどの威圧感を与えている。


「待って下さい。その子は、私の命の恩人なんです。話くらいなら」


 フユが、ファランヴェールの方へと手を伸ばし、捕らえられている哀れなバイオロイドを離すよう懇願した。

 ファランヴェールがフユへと視線を向ける。その余りの鋭さに、フユはその後の言葉を飲み込んでしまった。


「駄目だ。規律は守るために存在している。一度例外を認めれば、そこから破綻してしまうだろう。そのせいで数多の命が失われるかもしれない。君もコンダクターを目指すというのなら、そのことを理解するべきだ。それに、規律違反者を庇う者も同罪。懲罰を受けることになる」


 ファランヴェールの返した言葉は、無慈悲なもののように感じる。しかし、人命救助という活動において、誰かの勝手な行動は確かに大惨事を招きかねない。


――この人はそれを理解している。


 フユは、ファランヴェールの瞳を見て、そう感じた。


「それとも、フォーワル・ティア・ヘイゼル、君はリオンディ君を懲罰室送りにしたいのか」


 ファランヴェールは敢えて、ヘイゼルのフルネームであろうものを口にしたのだろう。警告とも脅しともとれるファランヴェールの視線が、ヘイゼルへと向けられる。


「卑怯だ。現場に出られない、不良品のくせに」


 腕をひねられ、体を曲げてそれに耐えながらも、ヘイゼルは噛みつくようにそう返した。


『不良品?』


 フユは、その内容も気にはなったが、それ以上に、『不良品』とまで罵られたファランヴェールになんら気配の変化が感じられなかったことに、驚いてしまう。


「言いたいことはそれだけか。このまま立ち去るなら良し。さもなくば本当に懲罰室に送ることになる。次は三か月間だったな。『選抜会』はもうすぐそこだ。君はそれに参加することもできず、『売れ残り』が確定することになる」


 その言葉に、ヘイゼルの動きが止まった。それを見て、ファランヴェールが彼の腕から手を離す。ファランヴェールを一睨みすると、ヘイゼルはフユに何かを訴えかけるような視線を残し、この場から走り去っていった。

 バイオロイドの走力は人間のそれよりもはるかに高い。すぐにフユの視界から消えてしまったが、風になびくヘイゼルの灰色の長い髪の残像を、フユはしばらくの間見ていた。


「申し訳ない。迷惑をかけた」


 肩をすくめながら、ファランヴェールがフユに声を掛ける。フユに気を使ってなのか、ファランヴェールの瞳は、鋭さが消えるだけでなく、優しさにあふれていた。


「いえ、あなたが謝ることでは」


 フユが慌ててそう返す。しかしファランヴェールは、首を左右に軽く振った。


「私はこの学校の主席エイダーだ。あれはまだエイダー候補でしかないが、私にはこの学校に所属している全てのバイオロイドの行動に一定の責任がある」


 そう言うとファランヴェールは、少しだけ乱れた服装を丁寧に直した。

 ファランヴェールもエイダーである以上、現場で救助活動を行っているはずである。しかし、ヘイゼルが言った『現場に出られない、不良品のくせに』という言葉の意味が分からず、フユはどういう顔をしていいのか困ってしまった。


「あの者の言葉、気になるかな」


 フユの心を見透かしたように、ファランヴェールが声を掛ける。


「あ、いえ」

「遠慮することは無い。ただ、今は学校の案内を優先しよう。いつか機会があれば、私のことも教える。さあ、次は図書館だ」


 ファランヴェールは、促すようにフユの肩に軽く振れると、足早に歩き始めた。

 

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