第2話 闖入者

「さあ、今から君にこの学校の案内をしよう。ついてきてもらえるだろうか」


 聞く者の心に響くような声。だからだろうか、フユにはそれが提案でもお願いでもなく、命令のように聞こえた。


「分かりました」


 フユは笑顔でそれに応じると、カバンを持ってゆっくりと立ち上がる。ファランヴェールの背は、フユよりも頭一つ高いようだ。

 ファランヴェールに連れられ、フユはしばらくの間学校を歩き回ることになった。


 エイダーとは、自然災害、人為的災害を問わず、その救助活動に当たるバイオロイドのことである。ファランヴェールはこの学校に所属するエイダーの主席、つまり『長』なのだ。


 この星ではバイオロイドの活動は全て組織化されている。救助用バイオロイドである『エイダー』の他にもいくつかの用途用として活動しているバイオロイドがいるが、この学校に所属しているバイオロイドはみなエイダーとなるべくここで訓練している。

 一方、救助活動の指揮を執るのは人間であり、彼らは『コンダクター』と呼ばれている。ここ、クエンレン教導学校は私立のコンダクター養成所であり、フユを含め、この学校の生徒はみなコンダクター候補生だ。


 廊下では、深緑色のブレザーを着た生徒たちと数多くすれ違う。ファランヴェールが来ているマントコートは、救助用バイオロイド『エイダー』の制服であり、生徒の中に混じると随分と目立っている。だから、行き交う生徒たちの視線はフユを通り過ぎファランヴェールへと注がれるのだが、視線の先にいるのがファランヴェールだと分かると、ほとんどの者は軽い会釈をしてそそくさと通り過ぎるか、それとも進む方向を変えるか、そのどちらかのリアクションを取った。


 一通り校舎の中の案内が終わり、外へと出る。空は赤色矮星ロスの光で茜色に染まっていた。


「随分と偉そうだ。私のことをそう思ったのではないかな」


 ファランヴェールがふと口を開く。


「いえ。それよりも生徒たちの反応を少し不思議に思います」


 バイオロイドは、人間の役に立つために人間の手によって『創られた』人造人間である。だから、人間の方が立場が上であるというのが世の中の認識だった。ファランヴェールがこの学校のバイオロイドたちを束ねる『主席』だったとしても、それはエイダー候補であるバイオロイド達にとっての立場に過ぎない。そんな肩書など人間にはあまり関係ないのではないか。フユにはそう思える。


「私がクエンレン理事長付きのバイオロイドでもあるからだよ」


 歩みを止めずに、ファランヴェールがそう答えた。


「何かあればすぐ理事長の耳に届く、ということですか」

「そういうことだ」


 まるで脅しのようにも取れるが、フユにはそうは聞こえず、その言葉はどちらかというと寂しげなものを含んでいるように思えた。


『孤独ですか』


 フユがそう尋ねようとしたその時、ファランヴェールが素早い動きでフユの方へと腕を突き出した。一瞬、殴られるのかと思い、フユがその身を固くする。しかしその腕は、フユの横を通り過ぎ、別の何かを捕まえた。


「は、放せ!」


 ボーイソプラノの声が辺りに響き渡る。ファランヴェールの腕の中では、灰色の長い髪が暴れていた。陶器のような白い顔、そして困ったように眉間に寄せられた細い眉。フユはその顔を見て、はっとなる。

 吸い込まれるような漆黒の瞳が、何かを訴えるようにフユを見つめていた。


「こんなところで何をしているのだ、ヘイゼル。今は訓練時間のはずだが」


 ファランヴェールの穏やかだが威厳に満ちた声が響き渡る。しかしヘイゼルと呼ばれた人物は、投げかけられた言葉を気にする様子もなく、ファランヴェールの腕の中でもがき続けていた。

 背はフユと同じくらいで、体つきは華奢だ。白いトレーナーに、紺色の短パン姿。トレーニングウェアだろうか。灰色の長い髪が動きに合わせて揺れ動くが、その隙間からはバイオロイドの証である、先が二股に別れ細く伸びている耳が見え隠れしていた。

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