第11話 接触と反応
第一八班のトレーニングが終わったところで、ファランヴェールがフユにバイオロイドたちと話をしたいかどうか尋ねた。学校の規定では、トレーニング終了後にその施設の中でなら生徒とバイオロイドの接触が許されているのだという。それ以外にある接触の機会は、共同訓練時のみとなっていた。
「はい、お願いします」
返事を聞くまでもなかったのだろう。フユの言葉が終わるのも待たずに、ファランヴェールがフユの肩を抱き、トレーニングルームへと
フユの視線がヘイゼルのそれと合う。ヘイゼルの表情がパッと明るくなったが、ファランヴェールの手がフユの肩に掛けられているのを見た瞬間、目を大きく見開き、そしてうつむいた。上目遣いにファランヴェールを睨みつける。
「みんな、集まってくれ。コンダクター候補生を紹介しよう」
ファランヴェールの呼び声が響いた。それを合図に、緑色の髪をしたバイオロイドが真っ先にフユの近くへとやってくる。
「候補生来るの、久しぶり!」
期待に満ちた瞳をキラキラと輝かせながら、フユの目を見つめている。
「わざわざここを見に来るとは、物好きだねぇ。どれどれ」
その横では、赤毛のバイオロイドが顎に手を添えながら、まるで値踏みするかのようにフユの全身を眺め出した。青髪のバイオロイドも近寄ってきたが、ヘイゼルだけが一人、その輪から離れたところに立っている。
「フユ・リオンディ君だ。事情があって、今日からの登校になった」
「よろしくお願いします」
ファランヴェールが紹介するのに合わせてフユがお辞儀をすると、バイオロイドたちの中で感嘆とも驚きともつかぬ声が小さく漏れた。
その意味が分からず、フユがバイオロイドたちを見回す。その横からファランヴェールが、「丁寧に挨拶をする人間が珍しいのだよ」と囁いた。
そういうものなのかと思いつつ、フユはバイオロイドたちの次のリアクションを待つ。しかし、程度に差はあったものの、皆何かを期待したような表情をしたまま、フユを見つめたままである。ただ、ヘイゼルだけは俯いた状態で、今度はフユを上目遣いで見ていた。
「フユ。話し掛けは生徒からという決まりになっている。話をしたいバイオロイドは誰かな」
場の硬直を見かねたファランヴェールが、フユにそう教える。
そうでなければ、バイオロイドたちが我先にとしゃべり出し、収拾がつかなくなるからだろう。フユはそう思い、もう一度バイオロイドたちを見回した。皆、男性型のバイオロイドのはずであるが、その顔には幼さが色濃く出ていて、程度や方向が違うにせよ、『かわいらしい少年、もしくは少女』といった様相である。
フユの目が、ヘイゼルと合う。
「あなたのお名前は」
フユが口を開いた。しかしそれは、ヘイゼルに向けてではなく、一番最初に近寄ってきた緑色の髪のバイオロイドに向けてであった。
「え? レイリス?」
そのバイオロイドが自分を指さし、驚いた声を上げる。次の瞬間、
「な、なぜ!」
というヘイゼルの言葉が、トレーニング室の中に甲高く響き渡った。信じられない、そんな目でヘイゼルがフユを見ている。
『自分の相手をしろ』
ヘイゼルの目はフユに対してそう訴えていた。しかしフユは、その視線に気を止めようとはしない。
「ヘイゼル。他の会話への干渉は厳禁だ」
ファランヴェールの鋭い声が跳ぶ。しかし、ヘイゼルにはその言葉は耳に入っていないようだ。懇願と憤怒の入り混じった瞳が、フユを捉え続けている。
『なぜ』
フユには、ヘイゼルの反応が理解できない。彼と会ったのは、テロ現場が最初であり、そして今日が二回目である。たったそれだけの関係。なのに、ヘイゼルの反応を見るに、彼は明らかにフユにこだわっているようだった。ヘイゼルはこの学校の生徒からの共同訓練の申し出をすべて断ったのだという。
『なぜ』
フユを待っていたからだろうか。確かに、ヘイゼルはフユの恩人である。しかしそれは、フユがこだわるべき理由だった。フユが彼の恩人というわけでは無いのだ。
『なぜ』
再びその言葉がフユの頭に浮かぶ。そもそも、なぜヘイゼルはあのホテルにいたのだろうか。
『ヘイゼル!』
それを消すかのように、頭の中で父親の最期の言葉が響いた。
フユが、ヘイゼルからゆっくりと視線を外す。そして、自らを『レイリス』と呼ぶバイオロイドの方へと顔を向けた。
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