第12話 銘に寄せて

「エリミア・セル・レイリスだよ!」


 髪と同じ色の瞳を輝かせながら、フユと目が合ったバイオロイドが自分の名前を名乗る。前髪は眉辺りで切りそろえられており、ふわっとしたショートヘアのすそが細長い耳の後ろで内側にカーブを描き収まっていた。

 髪の色は、そのバイオロイドのタイプによって決まる。手先の器用さに優れていて救命処置に秀でたのがセル・タイプのバイオロイドであるが、訓練成績データを見る限りでは、フユにはそうは感じられない。いや、そもそもこのレイリスというバイオロイドの成績は、どれもほぼ最低のものであった。


「ごめんなさい、僕はエリミアという人を知りません。あなたを作ったのはどんな人でしたか」


 フユは決して背の高い方ではないが、レイリスはフユよりもさらに頭一つ低い。小さな体も相まって、トレーニングウェアが少しだぶついている。

 フユは少し身をかがめ、正面からレイリスの顔を覗き込んだ。少し丸みを帯びた顔は人懐っこそうである。


「えっと、人じゃないよ。エリミア高等学校のみんながレイリスを作ってくれたよ!」


 両腕を広げ、レイリスは自信たっぷりにそう答えた。何でも、生徒による実験の過程でこのレイリスは誕生したらしい。

 バイオロイドの製作は極めて高度な遺伝子操作と培養の技術を必要とする。事前のDNA設計にも膨大な知識と周到な計算が必要なはずである。たかが高等学校の実験で製作できるようなものではない。

 それくらいはフユも知っていただけに、レイリスの話す内容に、フユは少し驚いてしまった。ただ、何か色々と事情があるのだろうが、今は聞かないことにした。


「得意なことは?」

「歩くこと! レイリスは、歩くのが得意なんだよ!」

「そうですか」


 フユが、顔にいっぱいの笑みを浮かべる。


「ありがとう」


 フユはレイリスに礼を言うと、その隣にいた赤毛のバイオロイドに視線を向けた。

 フユがレイリスと話している間、ヘイゼルはずっとレイリスを睨むように見つめていたが、その対象が次へと移る。下唇を噛んでいるヘイゼルの様子が、フユの視界の端に映った。


「あなたは」

「ふむ、この僕のことを知りたいと」


 赤毛のバイオロイドはフユよりも少し背が低い。それでも、心持ち顔を上げ、半開きのシニカルな目でフユに見下ろすような視線を向けている。

 バイオロイドは総じて線が細く体が小さい。フユよりも頭一つ背が高いファランヴェールが珍しい部類と言えた。

 ボリュームのある赤い髪は全体が無造作に流れるままにされていて、余り整えられていない。バイオロイドには、コンダクター候補生に気に入られようとして身だしなみを一生懸命整える者が多いと聞いていただけに、フユにはそのバイオロイドがどこか異質に感じられた。


「教えてあげよう。イザヨ・クエル・ラウレだよ。DNAデザイナー、イザヨ・クレアが作ったバイオロイドさ」


 ラウレと名乗ったバイオロイドが、口元に笑みを浮かべた。見るものによっては、馬鹿にされたと感じる表情だろう。

 イザヨ・クレアという名前は、フユも目にしたことがある。女性のDNAデザイナーだが、彼女が製作したバイオロイドは様々な災害現場で功績を立てている。一流デザイナーとの名声をすでに得ている人物だった。

 そのような人物が作成したバイオロイドなら、もっと優秀であってもいいはずであるが、なぜかラウレはこの学校でも成績の最も悪いバイオロイドの一体のようだ。

 いや、そもそも、いわば『ブランド』のバイオロイドがマーケットで売れ残ったというのがフユには信じられない。もしかしたら返品組なのか。フユはそう推測した。


「さっきはなぜ、壁登りを止めてしまったのですか」


 気になったことを尋ねてみる。

 ラウレはその質問をふふんと鼻で笑うと、


「あのような訓練、簡単すぎてこの僕には必要ないからねえ」


 と答え、腕組みをしながら明後日の方向に顔を向けた。

 それが本当なのか、それとも何かしらの嘘なのか。フユには判断がつかなかったが、そこにこのバイオロイドが抱えている『問題』がありそうだ。

 フユは覗き込むようにラウレの顔をじっと見続けた。ラウレは、顔はそのままに、視線だけをちらっちらっとフユに向ける。それを何度か繰り返した後で、まるで根負けしたかのように「そんなに見つめないでくれたまえ」と言って、少しばつが悪そうな表情をした。


「ごめんなさい、ありがとう」


 フユはそう言って、ラウレに微笑んでみせた。

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