20 確信犯
(なぜ、エンゲージはあそこにいたんだ)
一セット目、フユはエンゲージに見つかり、そこで訓練終了となった。見つけられた生徒は、そのセットが終わるまでペアのバイオロイドと打ち合わせをしていいことになっている。
発見された場所から移動しながら、フユはヘイゼルに、山頂で別れて以降の行動履歴を聞いた。そしてその内容に、フユはまた頭を抱えてしまう。
A5からフィールドを斜めに横切るようにE2に向かったヘイゼルは、そこに到達する前に道を逸れ、D3で生徒を発見し、フユに情報を発信した後、一直線にA5へと戻って来たようだ。
ヘイゼルはドレスのへそ辺りで両手を組み、しょげた様子でフユの後をついてきている。フユは怒る気にもなれないでいたが、それはヘイゼルがしおらしくしているからではなく、怒ったところでどうにかなるようには思えなかったからだ。
(なぜヘイゼルは、僕の言うことを聞いてくれないんだ)
自分に何かが足りないのだろうか――そこで気になったのがエンゲージの行動だった。まるで、ヘイゼルを追いかけてきたようなのだ。
「途中、エンゲージを見なかったかい」
「ううん」
ヘイゼルはそう言って首を振った。しかし、生徒とは違いバイオロイドは身を隠すことなく行動している。エンゲージはヘイゼルの動きを見ていたのだろうとフユは推測した。
(クールーンは、エンゲージにヘイゼルを追いかけるように指示していたのか?)
何のために――フユには分からなかった。
セット終了までの時間、フユは周辺の地形を確認しながらも、ヘイゼルと圧縮暗号の確認をした。しかし、結局一セット目は四〇分ほどで終わってしまい、次のセットに向けた作戦の話し合いまではできなかった。
一セット目の結果は、クールーンが六、カルディナが二、フユと他二名が一というものである。
「六……」
最後まで見つからずに残ったのはカルディナだった。クールーンは最後にコフィンに発見されたのだが、それまでにエンゲージは六人を発見している。
五キロメートル四方のフィールドに、たった十二人しかいないのだ。単純に計算して、二キロ四方に二人以下という密度である。
「信じられない」
ゴーグルディスプレイで結果を確認していたフユの口から思わず言葉が漏れる。エンゲージはどうやってこの短時間で六人もの生徒を見つけたのだろう。しかも他のバイオロイドよりも先んじてである。
しかしそれを考えている時間は無い。もうすぐ、二セット目が始まるのだ。
「ヘイゼル、スタートしたらまずE5へ。そこからフィールドの外縁をE1、A1、A5の順に回って捜索。僕はフィールドの真ん中、C3にいるから。いいね」
ヘイゼルが僅かにうなずく。
フユは、もし生徒が隠れようと思うのならフィールドの端へ行くはずだと睨んでいた。もっと言えば四隅だろうか。そうすれば少なくとも片側は警戒しなくて済むのだから。
もちろんそのセオリーはある程度の生徒なら分かっているだろう。だから一セット目は外縁に隠れた生徒は少なかったようだ。しかし、ここからは心理戦である。それはコンダクターにとって、要救助者の行動心理推測にも必要な訓練だった。
上空に信号弾が上がる。
「ヘイゼル、スタートだ」
フユはヘイゼルに指示を出した。
今二人はD4にいる。ヘイゼルはE5へ、フユはC3へ、二人の進行方向は逆だになる。ヘイゼルが静かに動き出したのを確認し、フユも動き始めた。
出来るだけマントで体を隠し、木々の影を音を立てないようにゆっくりと進む。ゴーグルのサーモグラフィはオンにしてある。時々、木々の隙間から遠くを見てみるが、ロスの光を受けた木の上の方が少し黄色く映るだけで、望遠機能を使っても、濃いオレンジ色――つまり人間の体温ほどの熱源は見えない。
他の生徒もマントを羽織っているのだから、そうそう見つかるものでも無いだけに、フユは警戒を解かずに進み続けた。
スタートして五分、いきなりフユのインカムにヘイゼルからの連絡が入る。まず最初に生徒を発見したのは、驚いたことにヘイゼルだった。
信号を受け取り、発見場所を報告する。しかし、そのエリアがD3内だったことにフユは顔をしかめた。
フユが指示した場所どころか、進む方向さえ違っている。
一瞬迷った後、フユは移動を再開した。ヘイゼルに指示し直すことも考えたのだが、あることを確かめようと思ったからだ。
そしてその後すぐに、フユの予想通りヘイゼルはフユの許へと現れた。ヘイゼルの信号を受け取ってから五分と経っていない。フユはまだC3にすら辿り着いていなかった。
フユはじっとヘイゼルを睨みつけ、木々と岩が覆う斜面の影へと連れて行った。ヘイゼルは何かを言おうとしたのだが、そのまま言葉を飲みこみ、ただもじもじと手を引かれるままでいる。
と、頭上から人影が舞い降り、傍の岩の一つに降り立った。
「みーつけた」
エンゲージがにやりと笑う。それもフユの予想通りだった。
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