21 一計

 結局その二セット目、フユは『めでたく』も開始一〇分で訓練終了となってしまった。


 発見されてから暫くの間、フユは黙って考え事をしていた。傍ではヘイゼルがばつが悪そうに立っている。


(どうしたものだろう)


 フユは、ヘイゼルに自分の言うことを聞かせることを諦めていた。きっとどれほど言い聞かせたところで、三セット目も同じ結果に終わるだろうということが容易に想像できたからだ。


 どうすればこの状況を打開できるのかを考える。その時間はたっぷりはずだ――フユはそう思っていたのだが、しかし、二セットは、一セット目よりもさらに短い時間、三〇分を越えたほどで終わってしまった。


 二セット目は、クールーン・エンゲージ組が四、カルディナ・コフィン組が四、フユ・ヘイゼル組を含めた三組が一という結果に終わり、そしてまたしても、最後まで残ったのはカルディナだった。


 カルディナがまた最後まで残っていたこと以上に、コフィンがエンゲージと同じ数の発見数を上げたことに、フユは正直なところ驚いていた。しかし、二セット目のデータを確認した時、全てが納得できたのである。


 カルディナはコフィンに、外縁を回るよう指示していたのだろう。コフィンが生徒を発見した場所はすべてフィールドの外縁部だった。クールーンは二十分を過ぎたあたりで、E5にてコフィンに発見されている。


 結果を見て、フユは天を仰いだ。自分の狙いは間違っていなかったのだ。ヘイゼルが最初にE5に行っていれば、もしかしたらクールーンを発見でき、早い段階でエンゲージを止められたかもしれない。


(それにしても、クールーンがエンゲージにヘイゼルを追いかけろと指示したのだろうか)


 有り得ない話ではないが……


 一セット目はもしかしたら偶然だったかもしれない。早々に来た道を戻るというヘイゼルの動きは明らかにおかしいものである。それにエンゲージが気づいたのならば、ヘイゼルをつけた可能性がある。

 しかし二セット目、ヘイゼルは明らかに狙われていた。偶然とは思えない。


(ヘイゼルの行動パターンがバレてる)


 でも、一度の訓練だけで? フユにはそれが信じられなかった。それこそ、バイオロイドの行動をすべて把握していない限り、ヘイゼルの行動のおかしさには気づかないはず――


「ねえ、ヘイゼル。エンゲージからクールーンへ、もしくは逆の通信とか、聴かなかったかい」


 所在なく立っていたヘイゼルに、フユが声を掛ける。ヘイゼルは嬉しそうな表情を見せたが、直ぐに困った顔に変わった。


「色々聞こえてはくるけど、どれが誰のものかは、分からないよ」


 ヘイゼルが、しおらしい様を装い、ドレスの裾を気にしながらそう答える。その様子にフユはまたため息をついた。


 ヘイゼルの言うことは正しい。バイオロイドはその耳で、音波だけではなく、電磁波も聴くことができる。

 しかしそれは例えていうならば、『大都会の交差点で音を聞く』ようなものであり、空間を電磁波が無数に飛び交っている以上、あらかじめ決められた周波数で発信するか、それとも余程注意深く『耳』を澄ませて聴かなければ、誰がどの電磁波を何処から発信したのかなど、分からないのだ。


 やはりエンゲージは、フユの通信を聞いてフユを見つけたのではなく、ヘイゼルの後をつけて自分を発見したに違いない。


(ヘイゼルの行動パターンが読まれてる……でも、なぜ)


 フユがヘイゼルと組んで共同訓練を行うのは今回が初めて。いや、フユもヘイゼルも、訓練自体が初めてである。過去のデータなど無い。


 どれだけ考えても、フユの頭にその『なぜ』に対する答えは浮かんでこない。

 結局、何も変わらぬまま、インターバルを挟んで、この日の訓練の最後である三セット目が行われた。


「まず、A5に向かい、そこからフィールドの外縁をA1まで上がって。僕もA1に行っておくから、そこでまた指示を出すよ」


 フユがそうヘイゼルに伝えると、ヘイゼルは軽く頷き、A5方向へと移動し始める。

 フユは、ヘイゼルの姿が見えなくなるのを確認すると、A1とは正反対の、E5方向へと木々の影を縫うように走り始めた。

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