15 一人と一体

 結局ヘイゼルは、教会の地下室の中でうずくまっているところを、クエンレン救助隊とは別の部隊に発見された。


 その地下室では、およそ教会とは似つかわしくないもの――バイオロイドの培養カプセルがいくつか発見され、救助隊の中でもちょっとした話題になっていた。


 カプセルは火災により一部が融け落ちるなど、かなり激しい損傷を受けていた。火災の火元はそのあたりだと推測されたが、フユたちはおろか、クエンレンの正規の救助隊でさえも現場検証に加わることはなく、ヘイゼルを回収してから学校へと戻ったフユたちにその事実が告げられたのは、それから数日後のことであった。


 ヘイゼルは帰還途中も、ただフユにしがみ付いているだけで、何も語れる状態にはなかった。フユがしゃべりかけても、焦点の合わない目線を宙に向けたままであり、ヘイゼルから手を離すと、またフユにしがみ付くことを繰り返していた。


 学校へ戻って以降、ヘイゼルはメンテナンスカプセルに入っている。ヘイゼルにつけられていた発信機のデータから、ヘイゼルは教会の祭壇にあった昇降装置部分から地下へと入り、そこから伸びる通路を走って、培養カプセルのあった部屋――かなり激しく焼け焦げていた――に入ったことが分かっている。


 しかし、結局、彼が何を見たのか、フユには分からずじまいだった。


「通路にも、何もなかったんですよね」


 フユは、目の前にいる白髪のバイオロイドに、声を出してそう尋ねる。


「フユ、今は圧縮暗号の訓練中だ。あらゆることを、圧縮暗号で」


 そのバイオロイド――レ・ディユ・ファランヴェールは、しかし言葉とは裏腹に、優しげな表情でそうフユを諭した。


『すみません』


 フユが圧縮暗号でそう答えると、ファランヴェールの顔に思わず笑みがこぼれる。


『その言葉は、きっと救助活動中には使わないだろうね』


 フユは、圧縮暗号を送るときは声に出してインカムのマイクへとしゃべりかける。しかしファランヴェール――バイオロイドは口を動かさない。


 その耳から、脳内のイメージを直接暗号化して送っているらしいのだが、ヘイゼルにしても、ファランヴェールにしても、目の前で口も動かしていないのに、その言葉が『聞こえる』というのは、フユにとってまだ不思議でしかなかった。


 まるで、超能力のようだ。


『そうですね』


 フユがまた何かを考え始める。


「少し休憩しようか」


 それを見かねたのか、ファランヴェールはそう提案した。


「本当に、すみません。せっかくの機会なのに」


 ファランヴェールは火災現場への実地訓練の後、二日ほど事後処理等で忙しくしていた。何せ、合計で二十体以上のバイオロイドが焼死した火災である。その調査は、治安当局とバイオロイド管理局が行っているようだ。もちろん、クエンレン救助隊にも事情聴取が行われていた。


 それから解放された後、ヘイゼルがまだ回復していないこともあり、今日はファランヴェールがフユの部屋に来て、圧縮暗号の訓練を行うことになったのだ。

 それはファランヴェールがフユ付きのバイオロイドになって以降、初めてのことだった。


 今、一人と一体はリビングルームのソファで向かい合って座っている。


「何、これからしばらくは、集中して訓練できるよ」


 何か飲み物をとソファを立ちあがり、ダイニングルームの冷蔵庫を開けたばかりだったフユは、その言葉にふと疑問を感じ、ファランヴェールの方へと振り返った。


「そんなにヘイゼルの具合は良くないのですか」


 フユは、時間があればヘイゼルの様子を見に行っていた。ヘイゼルの体に損傷はない。ただ、眠るようにカプセルの中に浮かんでいるだけである。


「それは私には分からない。しかしヘイゼルがすぐに回復したとしても、しばらくは君とは会えないと思う」


 ファランヴェールの顔が少し険しいものになった。


「なぜですか」


 フユが、冷蔵庫からなにも取り出すことなく、質問を重ねる。


「彼の行為は、重大な命令違反だ。懲罰の対象になるのは避けられない。少し長いものになるかもしれないのだよ」


 その言葉が終わると同時に、冷蔵庫の扉を閉めるパタンという音が、部屋の中に大きく響いた。

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