16 その瞳の中には
冷蔵庫の扉を見つめたまま、フユはしばらく黙っていた。ファランヴェールも、あえて声をかけることをせず、フユの反応を待っている。
部屋に窓はない。恒星ロスから降り注ぐ有害な電磁波を遮断する分厚い防護壁にスクリーンパネルが貼り付けてあり、それには消えかけている赤味が僅かばかりに残るだけの夜空が映し出されていた。
換気システムが、外の空気を取り込む音が小さくうなるように響いている。それに負けないくらい小さく息を吐き出すと、フユはもう一度冷蔵庫を開けた。
「エネルギー液、飲みますか」
ファランヴェールに向ける瞳には、隠すことができなかったショックがにじみ出ている。
「いや、さほど疲れてはいない。今は遠慮しておこう」
ファランヴェールは、穏やかな声でそう答えた。
フユは、自分用の透明な液体の入ったボトルを取り出すと、そのまま冷蔵庫の扉を閉める。ボトルを持ってリビングに戻り、ソファに腰かけると、一口、ボトルから液体を飲んだ。
「どれくらいになりますか。ヘイゼルの懲罰の期間」
「私が決めることではないが……少なくとも、三か月は」
ある程度の覚悟は、フユにもあった。しかし、ファランヴェールの答えは、フユの想像以上のものである。ヘイゼルを制止できなかった自分を責める気持ちが押し寄せる。
「ヘイゼルだけが罰せられるのはおかしいでしょう。監督責任は僕にあります。遅刻したことも含め、僕への処分は」
「始末書を書かされると思う。それだけだろう」
フユが全てを言い終わらないうちに、ファランヴェールが言葉をはさんだ。暗赤色の瞳はどこまでも穏やかではあるが、それが逆に、フユの気持ちをイライラさせる。
「なぜ、ですか」
「代わりのエイダーはいくらでもいる。しかし、高度な能力を要求されるコンダクターの替えは、そうそう効くものではない。君たち特待生は特にそうだ」
ファランヴェールがそんなフユの気持ちに気付いたのか、切れ長の目に少し曇り色が浮かんだ。
部屋の中では、ファランヴェールはマントコートを脱いでいる。白いワイシャツ姿でピンと背筋を伸ばしている姿には、なぜか、いつものような威厳が感じられない。
しかしフユには、その訳をゆっくり考えるような余裕はなかった。
「でも、ヘイゼルがいないのなら、訓練ができません」
ドンと少し荒く、持っていたボトルをテーブルの上に置く。そして、一旦外した視線をまたファランヴェールへと向けた。
その時フユの目に映ったファランヴェールの瞳。それが、これまで見たことのないほどに悲しみをたたえている。
それに驚いてしまい、フユはファランヴェールから視線をそらした。
確かに、ファランヴェールに当たるのはお門違いという物である。悪いのはヘイゼルであり、それを許せば秩序というものが無くなってしまうのだ――
「すみません。あなたに言うことでは」
再び戻した視線。しかしファランヴェールの目にあったのは、フユに責められたが故の困惑、ではなかった。
一瞬、ファランヴェールが視線を落とす。少し上目遣いに、ファランヴェールがつぶやくように口を開いた。
「私では……駄目、なのか」
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