10 変わる関係
集合場所である生徒管理棟のロビーにフユとファランヴェールが到着すると、教官のエタンダールが腕を組んで待っていた。その向かいに、腰に手を当てて鋭い視線を地面に向けているエンゲージ、忙しなく周囲を見回しているレイリス、虚ろな目で宙を見上げるコフィン、そして後ろ手を組んで薄ら笑いを浮かべるラウレが一列に並んでいた。
「おやおや、リオンディ君。非番の日の深夜に主席様と訓練とは、熱心なことだねぇ」
ラウレが含みのある視線をフユへと向ける。確かに、実地訓練のない日のこの時間――まさに深夜といえる時間ならば、みな日ごろの寝不足を癒すためにすっかり眠り込んでいることだろう。対テロ課程の三人は、圧縮暗号の訓練をしながら出動を気にする夜が続いてたのだ。
フユはラウレの言葉には応じず、エタンダールの二歩横、バイオロイドたちの正面に立ち、姿勢を正した。ラウレの『含み』は少し気にはなったが、それ以上にフユは、ラウレがこの場にいることに少し驚いていた。
カルディナとのやり取りからまだ一日と経っていない。いきなりやる気を出したということなのだろうか――
ファランヴェールは、バイオロイドたちと同じ列の一番右に立った。
「わあ! ファランヴェールさん、見たことのない服装!」
レイリスが驚いた様子でファランヴェールの服を見ている。見かねて、エタンダールがそれを注意した。
「どんな心境の変化なんだろうねぇ」
しかしエタンダールの鋭い言葉を気にすることもなく、今度はラウレがそう口にする。エタンダールがあからさまに苦々しい表情を見せたが、ファランヴェールは表情一つ変えず、冷たいとも取れる威厳に満ちた表情でラウレを睨んだ。
「いやぁ、怖いねぇ」
ラウレが肩をすくめ、また整列に戻った。
それをいうならば、ラウレの『変化』もそうだろう――ラウレが何を考えているのか、フユに推し量ることは難しい。一方、ファランヴェールとの関係はこれまでとは全く異なるのを確かに感じた。
『マスター』
以前、一度だけファランヴェールが口にしたことがあったが、その時はその一度きりだった。しかしこの夜、二人が『繋がって』以降、ファランヴェールはフユのことをずっとそう呼ぶようになっていた。
それが第二世代のバイオロイドの性質なのか、それともファランヴェールに特有のものなのか、それは分からない。ただ、二人の関係がこれまでとは次元の違うステージに移ったのは確かなようだ。
同時にフユは、今この場にヘイゼルがいないことに、少しだけほっとしていた。
ファランヴェールの顔を見ると先ほどまでの二人の時間を思い出してしまう。それをヘイゼルに気づかれないようにする自信が、今のフユにはあまりなかった。ヘイゼルは今晩、メンテナンスを受けているはずである。実地訓練には参加しないだろう――
「リオンディ。ヘイゼルはメンテナンスの中断作業中だ。後で合流させる」
だが、フユを驚かせる言葉がエタンダールの口から発せられた。
「分かりました」
フユは即座に返事をしたが、同時に少し怪訝にも思った。メンテナンスはバイオロイドの生命維持にとって欠かせないものである。それを中断してまで訓練に参加させるというのは、これまでにないことだった。
程なく、カルディナとクールーンがほぼ同時に姿を現した。二人とも、すでにフユが整列しているのを意外に思ったようだが、それ以上に、カルディナはラウレの姿がそこにあることにかなり驚いたようだった。
ヘイゼルを除く全員が整列したのを見て、エタンダールが口を開く。
「指揮四号機に私とウェイ、ポーター七号機にリオンディとロータスが乗れ。これは訓練ではない、正規の出動だ」
その言葉に、フユたち三人の生徒とそしてファランヴェールが驚いた。しかし先に整列していたバイオロイドたちに驚いた様子はない。
非番での出動、しかもメンテナンス中のヘイゼルすら起こしてのもの――フユは『何か』が起こっているに違いないと確信した。
「なぜ、どういうことなのか説明してください」
フユが声を出す前に、カルディナがエタンダールに尋ねる。彼も何かを感じたのだろう。
「非番の日の深夜にいきなり起こされて、正規の出動と言われても」
まだ言葉を続けようとするカルディナを、エタンダールが手を軽く上げて制止しる。
「同時多発テロだ。詳しいことは、道中で説明する。搭乗だ」
そう言うと、呆気にとられる三人を少し困った表情で見渡した。
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