9 余韻の中で
※作者からのお知らせ※
4-8は欠番で非公開になっています。詳しくは近況ノートをご覧ください。
※ ※
フユの体には、艶めかしいまでの舌の感触とほのかな痛みを伴う異物感が残っていた。しかしそれは決して嫌なものでなく、いやそれどころか、少しずつ薄れていくのを狂おしいほどに名残惜しく感じてしまう。
ファランヴェールの手が、フユの髪をなでている。その細くしなやかな手に、フユは自分の手を絡めた。
「あんな風に、ファルはその人に愛されたの?」
きっと、床の語りでいうべきことではないのだろうと思うのだが、フユは聞かずにはいられなかった。
「はい、マスター」
ファランヴェールが体をフユに寄せる。少しひんやりと感じたファランヴェールの体は、今は少し熱を持っていた。
「その人は、罪を背負ったの?」
そのフユの言葉に、ファランヴェールが少し遠い目をする。
「あの頃はまだ、それが罪ではありませんでした」
答えて、ファランヴェールが少しだけ悲しげな表情を見せた。
余韻を消すようなフユの問いかけは、しかしまだ終わりそうにない。すべてを知りたい――その欲求がフユの口を動かす。
「ファルは」
しかしフユの再度の問いかけと、そして二人の背徳に満ちた熱い時間は、突然、部屋の中に響いた耳障りな音によってかき消されてしまった。
二人ともが驚き、そしてベッドから身を起こす。
「出動? 今日は非番じゃ」
フユがそういうものの、しかし鳴っているのは出動を知らせる電子音である。
「そのはずですが」
ファランヴェールも怪訝な顔を見せたが、お互い頷くとすぐに行動を始める。フユはクローゼットへ、そしてファランヴェールは階上へと急いだ。
スクリーンに映し出された外の景色には、青、黄、緑のオーロラが相変わらずはためいている。まだ深夜であり、夜明けまでは随分と時間がありそうだ。
着替えを終えリビングに上がったフユを、すでに着替えを終えたファランヴェールが待っていた。
しかしファランヴェールを見たフユが驚き、動きを止める。
ファランヴェールが防電磁波用のマントコートの下に着ていたのは、いつものエイダー主席としての正装――厳めしいほどに装飾が施された緑色のジャケットと黒いパンツ――ではなく、艶のある真っ白な、しかし模様や装飾が全くない、ただ折りがあるだけのワンピースだった。その胸から裾までは波のようなひだが何本も走っている。それはどことなく、旅人が着るローブを連想させた。
美しい――フユはただそう思った。学校で見せる威厳に満ちた姿でも、ベッドで見せた恥ずかしさを必死に隠そうとする姿でもなく、極めて無機的な、まるでロボットが性別を感じさせないのと同じような、そんな姿である。同じワンピースであっても、ヘイゼルの女性的な、有機的ともいえる黒いワンピースドレスとは対照的であった。
「ファル、それは」
「これが私のパーソナル・ウェアです、マスター」
ファランヴェールが胸元を押さえ、フユに向け笑みを見せる。照れ笑いではない。それは自信に満ちた、見るもの全てに安心を与えるような、微笑であった。
「綺麗だ。でも今は、とりあえず急ごうか」
「お待ちください。マントコートを」
玄関を出ようとしたフユをファランヴェールが引き止める。そしてあらかじめ手に持っていたムーンストーン色のマントコートをフユの方にかけた。
「ありがとう、ファル」
「はい」
ふと、お互いの視線が合わさる。フユは衝動を抑えることができず、そしてファランヴェールはそれに呼応するように、お互いの唇を合わせた。
「秘密だよ」
「はい」
そしてドアを勢い良く開けると、二人で、生徒管理棟のロビーへと走り出した。
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