4 宴の後で

 二体同時の圧縮暗号訓練が終わった後、フユはヘイゼルに簡易カプセルで寝るように言ったのだが、ヘイゼルはフユと一緒にベッドで寝ると言って聞かなかった。


 結局、ファランヴェールのみが一階にあるバイオロイド用簡易カプセルを使うことになったのだが、カプセルへと向かうファランヴェールのどこか勝ち誇った顔を見て、ヘイゼルは悪態をつきながら眠りについた。


 しかしフユは、そうすんなりとは寝付けなかった。ヘイゼルのその寝顔を見ながら今夜のことを考えてみる。


 三人一緒になんて――


 自分がどんどんと人の道を外れて行っているような背徳感を感じずにはいられなかったが、その一方で、不思議と罪悪感は感じない。


「いけないことなのにね」


 ヘイゼルに向けてそう小声でつぶやいてみる。ヘイゼルが小さな声を漏らしたが、それがフユへの返事だったのかそれとも単なる寝言だったのか、フユには聞き取ることができなかった。


 父は、アキト・リオンディは、このヘイゼルを通じてフユに何を託したのだろうか。

 カグヤ・コートライトはそれを知っているようであったが教えてはくれなかった。でも、きっと、ヘイゼルに組み込まれたパーソナル・インプリンティングにその答えがあるのだろう。


 考えてみれば、特定の個人を「マスター」と呼ぶ第二世代のバイオロイドは、それに似た本能を持っている。

 でもそのこと自体、ネオアースの研究者が分かっていないはずはない。それでも、父が開発したというPI技術が何なのか、カグヤですら分からないというのは、それを超えたところに父がいたからなのだろう。


 そこに、自分が到達できれば、全てのことが分かるのだろうか――ヘイゼルに組み込まれたものは「フユへの恋心」だと、そうカグヤは言った。


「PIが無くなっても、君は僕を護ってくれるのかい」


 再びフユがヘイゼルに向けそうつぶやく。しかしヘイゼルはもう、小さな寝息しか返してはくれなかった。


 フユは自嘲気味に笑うと、ベッドに身を任せ目を閉じる。


 じゃあ自分は、もしヘイゼルが自分に見向きもしなくなったら、どうするのだろう――


 答えを決めてしまうのが嫌で、フユはいまだ体に残るヘイゼルとファランヴェールの感触を意識しながらも、襲ってきたまどろみに身をゆだねた。




 翌朝。目覚ましが電子音を鳴らす前にフユは目を覚ました。目の前ではまだヘイゼルが寝息を立てている。深夜の出動命令はなかったようだ。


「平和そうだね、ヘイゼルは」


 フユはそう微笑むと、ヘイゼルの唇に軽くキスをした。と、階段の方で咳払いが一つ。


「ファル。起きてたの」

「はい。朝食はどうしますか」

「作ってもらってばかりじゃ悪いよ」


 フユはそう言うと、ヘイゼルを起こさないように静かにベッドを降りる。


「私が好きでやっているのです。お気になさらず」

「そう? じゃあ、作ってもらおうかな」

「はい」


 ファランヴェールはそう言って微笑んだが、しかしその場から動こうとしない。


「どうしたの?」

「い、いえ」


 そう言いながらも、ファランヴェールは何かを待っているかのようによそよそしく振舞っていた。


 フユはそんなファランヴェールに近寄り、少し背伸びをする。その口にファランヴェールが唇を合わせた。


「ファルも意外に子供だね」


 フユにそう指摘され、ファランヴェールは少し困った表情を見せた。


「き、嫌いですか」

「ううん、普段とは別の姿が見れてうれしいよ」


 フユの答えに、ファランヴェールは顔を紫色に染めると、「し、支度します」と言って階段を昇って行った。


 着替えを済ませたフユがキッチンへと上がると、もうすでに朝食の用意がされている。


「早いね」

「実はもう準備をしていたので」


 ファランヴェールが見せるいたずらっ子のような笑顔。学校では絶対に見せない、フユに対してだけの特別な表情だった。


 代用――イザヨ・クレアはそう言っていた。それについてフユは何も思わない。たとえそうであっても、それは人間にも言えることなのではないか。


 人はなぜ、誰かと一緒にいたいと思うのか。でもその『誰か』は、唯一の存在ではないのだろう。


「マスター。部長のことですが」


 思索を彷徨わせながらも用意されたパンをフユが口に入れたところで、ファランヴェールがそう切り出した。


「うん。多分」


 以前、ヘイゼルの体内からフユのDNAが検出されたということをファランヴェールから聞かされた。そのことに関する聴取は、いろんなことがあって延期になっていたのだ。


「絶対に何があっても、認めてはいけません。私が何とかします」

「ありがと、ファル。でも、僕も部長に聞きたいことがあるんだ。だから状況によっては」

「いけません。絶対に」


 フユの言葉に、ファランヴェールは必死な形相で釘を刺した。


「ありがと、ファル。分かったよ」

「その表情は、分かっていませんね」

「言わないって」


 フユがそう言っても、ファランヴェールがさらに説得しようと試みる。


「なんで! なんで二人きりなの!」


 そこにヘイゼルの不機嫌な声が割り込む。そのままヘイゼルはフユの横に座ると、ファランヴェールを威嚇するように睨みつけた。

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