10 クレアのバイオロイドたち
赤髪のバイオロイド、クエル・タイプはいわば『戦闘用』のバイオロイドと言い換えることもできる。それに対して、灰髪のバイオロイド、ティア・タイプは未分化形態といえ、一対一でも戦闘では明らかにクエル・タイプに分がある。
ましてや、二体同時に相手するとなると――
しかし、ファランヴェールはヘイゼルには加勢しなかった。
『私がするべきは、マスターを護ることです』
そう言ってファランヴェールは、フユの傍を離れない。
それだとヘイゼルがやられる――
そう焦ったフユの予想を、しかし目の前の光景が否定する。
黒いドレスが一つ目の青白いセーラ―と重なると、きれいな弧を描きセーラーが地面へと背中から落ちた。
二つ目のセーラーの右足が、フユの目では認識できないほどの速さでヘイゼルの頭へと繰り出されたが、ヘイゼルは地面に倒れたバイオロイドの腕を掴んだまま、二体目のバイオロイドの軸足を足で払う。
ドレスの裾がふわっと浮き上がった。
きっと、そうされたバイオロイドは何が起こったのか理解できなかっただろう。支えを失い、体が一瞬宙に浮いたかと思うと、後頭部から地面へと音を立てて落ちる。
「やめろ、ヘイゼル!」
フユの強い声が飛ぶ。しかしその一方で、フユはヘイゼルの『強さ』に驚いていた。
ヘイゼルの灰髪。それは、『ティア・タイプ』を表すものではないのだ。でなければ、ここまでの運動能力の説明がつかない。
確かに、ヘイゼルの髪と肌の色が濃くなってからというもの、ヘイゼルの能力が上がったように思える。以前はここまでではなかったはずなのだ。
黒形質の発現――ウォーレスがそんな話をしていたのを思い出す。
しかし今はそれどころではない。一刻も早くヘイゼルを止めなければならない。
「ヘイゼル、これ以上するなら」
しばらく一緒に寝るのをやめにする――きっとフユがそういえばヘイゼルは止まるだろう。反対に、そんなことを言わなければヘイゼルを止められない自分の不甲斐なさを笑わずにはいられない。
しかしその後ろの言葉は、フユの口から出ていくことはなかった。フユが言葉を発する前に、ヘイゼルが突然動きを止めたのだ。
ヘイゼルの視線がフユとも、そのバイオロイド達とも、ましてやファランヴェールとも違う方向を向いている。
その形相は、何か緊迫した事態が発生したかのようであった。
「ヘイゼル、どうした」
つられて、フユがヘイゼルの視線の先を見る。そこに――
一体のバイオロイドが立っている。赤い髪。やはりクエル・タイプのものだ。しかし先ほどの二体とは違う。細く鋭い目が、ヘイゼルを見つめている。表情があるのだ。
髪は短く刈り込んでいる。メタリックな光沢を放つ銀色のジャケット。下は体のラインがくっきりと浮かび上がるほどにタイトな白いロングパンツ。その下腹部には少しふくらみがある。男性型のバイオロイドのようだ。
ヘイゼルがまた襲い掛かっていく――フユはそう思い、それを止めようとしたが、しかしその必要はなかった。
ヘイゼルはそのバイオロイドを睨みながらも動かないでいる。いや、動かないのではない。まるで『動けない』でいるようだった。
「他人の敷地にズケズケと入り込んできて、しかも大暴れとは、あなたの学校ではどういうことを教えているのかしら」
突然、声がした。少女のような、少しオクターブの高い声。イザヨ・クレアだ。
フユは驚き、辺りを見回す。しかしクレアらしき姿はない。ただ、バイオロイドが立っているだけである。
「一体何の用。言いなさい、フユ・リオンディ」
再び、クレアの声。そこでようやくフユは、その声が新たに現れたバイオロイドの胸の辺りから聞こえてくることに気が付いた。
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