11 居場所

「す、すみません。クレア博士にお聞きしたいことがあって訪ねてきたのですが、その、連れてきたバイオロイドが、あの」


 何をどう言い訳できるだろうか。そう思い、フユの言葉が止まる。


「言うことを聞かずに敷地内に勝手に入りこみ、挙句の果てには、ワタシのバイオロイドたちに問答無用で襲いかかったというわけね」


 イザヨ・クレアはどこからか見ているのだろうか。いや、きっとそうに違いない。

 敷地のどこかに監視カメラがあるのか、目の前のバイオロイドがそのような装置をもっているのか、それともその両方か。


「本当に、すみません。ヘイゼル、謝って」


 言葉の後半は、後ろにいるヘイゼルに向けてのものだった。フユがヘイゼルを見やる。ヘイゼルはフユの前にいる赤毛のバイオロイドを焦りにも似た表情で凝視しているが、地面に投げたバイオロイドの腕はしっかり極めたままでいる。

 足を払われたバイオロイドは気を失っているのだろうか、ぴくりともしていない。


「ヘイゼル! いい加減、その腕を離せ!」


 フユの鋭い声に、ヘイゼルはようやくハッとして、手を離す。途端に、解放されたバイオロイドはバッと飛びずさると、腕を押さえながらもヘイゼルから距離を取った。


「ファル、倒れているバイオロイドを介抱してあげて」


 フユの傍で警戒の姿勢でいたファランヴェールが、「はい、マスター」と小さくつぶやくと、いまだ倒れているバイオロイドの傍に行き、ゆっくりと抱え上げた。


 フユがつったったままのヘイゼルを引っ張り、その頭を押さえつけた。


「申し訳ありません。許してください」


 フユも一緒に頭を下げる。


「無作法で無神経で身勝手なのは、あの男と一緒ね。血は争えないわ」


 イザヨ・クレアの吐き捨てるような言葉が飛んだ。あの男――フユの父親、アキトのことだろうか。


「すみません」

「ケイト。ロアを運んで」


 クレアの言葉に、腕を押さえていた女性型バイオロイドがファランヴェールからもう一体のバイオロイドを受け取ると、建物の方へと運んでいった。


「で、用は何? さっさと言って、さっさとここから出て行って」


 クレアは元からフユにはいい感情を抱いていないようだ。初対面の時からそうだった。きっと今なら尚更だろう。

 ただ、これだけのことがあっても、『問答無用の門前払い』にはならないらしい。少なくとも用件は聞いてくれるようだった。


「あの、カグヤ・コートライトさんとお話がしたいのです。ここに来れば、彼女の居場所が分かるかと思って」

「ああ、そういうこと。アレは『どこにでも』いるわ。アナタが会えないというのなら、それはカグヤがアナタに会おうとしていないということよ。諦めなさい」


 返事はしてくれた。しかしその内容がフユにはよく分からない。


「どこにでも、というのは?」

「言葉通りよ。どこにでも。言ったでしょ、あれは人間でもバイオロイドでもない」


 確かに、カグヤはフユの目の前で、突然砂のように崩れて消えてしまった。


「じゃ、じゃあ、あの人は一体何なのですが」

「それをアナタに教える義務も意思もないわ。さあ、出て行って」


 クレアの答えは素っ気ない。しかしそれは仕方のないことだろう。彼女の言う通りなのだから。


「じゃあ、ど、どうにか会う方法はありませんか?」


 フユがなおもそう尋ねると、少しばかり無音が続いた。


「会ってどうするの」


 無音を破る声。


「確かめたいことがあるのです」

「何?」

「バイオロイドと、そして人間の未来について」


 フユがそう答えた瞬間、クレアの大きく笑う声が、辺りに響きわたった。

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