12 それぞれの理由

 目の前の赤毛のバイオロイドの胸元から聞こえてくるクレアの笑い声は、しばらくの間やむことはなかった。


 髪を短く刈り込んだ、鋭い目のバイオロイドは冷たい表情をしてフユたちを見つめている。そこから甲高い笑い声が聞こえてくるだけに、その光景は極めて異様――いや、不気味とも言えた。


「ごめんなさい、あまりにも可笑しかったから」


 ひとしきり笑った後、クレアは抑揚のない声でそう言った。


「何が、ですか」

「カグヤもあの男も、人類を管理できると思ってる。何様かしら。そして今度は、あの男の息子であるアナタがカグヤと『人間の未来』について話をしたいと言う。ほんと、血は争えない。どういう話をしようとしているのか見えすぎていて、これが滑稽じゃなくて何だというの」


 冷たい。どこまでも冷やかな声。先ほどの笑い声とのギャップが、またフユに不気味さを植え付けた。


 あの男――クレアはフユの父親に並々ならぬ感情、それも極めてネガティブなものを持っている。フユは、それを詳しく聞いてみたいとも思うが、今は我慢することにした。


 人類の管理。フユの父はそんなことを考えていたのだろうか。そしてカグヤも。思い当たることはある。それを、カグヤに聞いてみたいと思いここに来たのだ。


「貴女は父のことをよく知っているのですね。僕の父は何を考えて、バイオロイドを作っていたのですか」


 フユが尋ねる。


 恒星ロスは空の一番高い場所に差し掛かっている。フユは乱れていた防電磁用のマントを少し整えたが、ゆるやかに流れる風がその裾を揺らしていった。


「カグヤと話をする方法を教えてあげる。でも、その結果どうなっても、ワタシは責任を持たないわ」


 マントの裾が三度揺れた後で、クレアがそう答えた。


「ありがとうございます」


 フユが目の前のバイオロイドに向けお辞儀をする。


『マスター、やめましょう』


 と、ファランヴェールの圧縮暗号がフユのインカムから聞こえた。


『なぜ?』


 思わずフユが聞き返す。


「ファランヴェール。アナタの『マスター』が望んでいることよ。止めるつもり?」


 まるでフユとファランヴェールのやり取りが分かったかのように、クレアが口をはさむ。

 いや、実際、クレアはファランヴェールの圧縮暗号を理解しているのではないかとさえ思えてしまう。ファランヴェールは、その耳から低周波をフユへと送っているが、それを傍受し、さらに内容を解析し――


 ファランヴェールと旧知であるクレアにはそれが可能なのだろうか?

 それとも、フユが独り言のように圧縮暗号をつぶやいたのを、単に、ファランヴェールとやり取りしたと推測しただけのことだろうか?


「いえ、大丈夫です。教えていただけますか」

『フユ、だめだよ』


 今度はヘイゼルの圧縮暗号。しかしフユはそれには答えなかった。そしてしばらくの沈黙。


 やはり、クレアはバイオロイドが発する電磁波に気づいている――フユはそう確信した。


「教えてください」

「いいわ。ベイサイド・エリアの地下第四層に封鎖された区画があるの。人類が初めてこのネオアースに降り立った場所であり、百年前まではシティのメイン・コントロールセンターがあったところ。そこに行けば会えるわよ、カグヤに」


 ベイサイド・エリアは、ガランダ・シティの中心部から四十キロほど離れた、海沿いにある工業地帯である。フユたちが今いる場所からなら三十キロほどだろうか。大規模な発電所がいくつもあり、ガランダ・シティを中心としたいくつかのエリアの電力の三分の一を支えている。


「そんな、封鎖された場所に入ることができるんですか」

「できないわね」


 当然の疑問。クレアが即座に答える。


「じゃあ」

「普通はね。でも、入る方法はある」

「どう、やってですか?」

「アナタなら知ってるわよね、ファランヴェール」


 クレアの言葉に、フユがファランヴェールを見る。その目に様々な感情――困惑と郷愁と、そして後悔――をたたえ、ファランヴェールがフユを見つめていた。


「マスター」


 きっとファランヴェールはフユを止めたがっているのだろう。それはヘイゼルがフユを止めようとしている理由とは別物に違いない。


「ありがとうございます、クレア博士。最後に一つだけお聞きしてもいいでしょうか」


 赤毛のバイオロイドに向き直り、フユがそう尋ねる。


「聞くだけなら。答えるかどうかは分からないわ」

「博士はなぜ、バイオロイドを作っているのですか」


 その問いかけに、一瞬の空白の後、クレアの甲高い笑い声がまた響き渡った。


「なぜ? なぜ? ええ、教えてあげる」


 そう言ってまたしばらく笑った後、クレアはその笑い声を飲み込んだ。


「復讐よ」


 聞こえてきた声。フユはそれにぞっとする。


「僕の父への、ですか」


 再びの沈黙。


「もう出て行って。そして二度と会いに来ないで」


 それはどこまでも冷たく、そして悲しげなものだった。

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