11 命の軽重

 バイオロイドの命は、人間よりも軽い。人間とは違い、バイオロイドは「生産されるもの」だからだ。


 しかしその「軽さ」は人間との相対的な重量であって、絶対的なものではない。地球ではすでに、バイオロイドにも人間と同等な権利を与えるべきだという意見が多数を占めていた。

 そして最近はネオアースでも、そのような声が大きくなっている。


 だから、エンゲージからの情報は、エタンダール教官からすぐに消火隊へと伝えられるはずであり、きっと消火方法の再考が行われるに違いない……


 ヘイゼルとエンゲージには冷たく聞こえるような言葉をかけたが、ファランヴェール自身も、そう思っていた。


 退避場所へ到着し、ヘイゼル、エンゲージ、コフィンの三体がその場にいることを確認すると、ファランヴェールはフユへ『退避完了』と圧縮暗号を送る。


「まだ、バイオロイドは建物の中にいるのか」


 ファランヴェールがエンゲージに尋ねる。


「いる」


 エンゲージは建物の方をじっと見つめていた。一方、ヘイゼルとコフィンは、手持無沙汰のように周りを見回している。


 燃えている建物は、情報によれば、『旧時代』には教会として使われていたそうだ。

 今から50年ほど前に起こった『大災害』により、低地にあった木造の建物はほぼなくなってしまっていたのだが、あの教会は大災害を潜り抜けて、残っていたものだった。

 この辺りは、少し高台になっていたからだろう。旧時代の名残ともいえたが、それがまた一つ、燃え落ちようとしている。


 忘れようとしても忘れられない光景が、ファランヴェールの頭の中でフラッシュバックのようによみがえった。


――ミグラン。


 それは、かつてファランヴェールが慕い、そしてファランヴェールの目の前で命を落とした人間。

 まだ、今ほどバイオロイドが『人間扱い』されていなかった時代だったが、彼はファランヴェールを人間のように扱ってくれた。

 彼が、ファランヴェールを実際どう思っていたのか、もう今では確かめようがない。


 大災害の後、ネオアースは急速に姿を変えた。その象徴がガランダシティである。


――貴方との繋がりが、また一つ消えるような気がします。


 炎の勢いが、少し弱まったように見えた。木造といっても、可燃物の量には限度があるのだろう。


 これならば、脱酸素剤を使わなくとも十分消火が可能のようだ……


 ファランヴェールがそう思った、次の瞬間、視線の先にある炎が一瞬はじけ、そして急速にその輝きを失う。遅れて、鈍い爆破音がファランヴェールの耳に届いた。


「なっ……」


 消火隊が脱酸素消火剤を使ったのだ。


 ファランヴェールは、とっさにエンゲージの方へと視線を向けた。音を聞いたヘイゼルとコフィンも、建物の方を見た後すぐに、エンゲージへと顔を向ける。


 エンゲージは、暗がりの中、何かを我慢するように眉をひそめていた。そして口に手を当て、指をかむ。数秒後、エンゲージはまた建物へと顔を向けた。


「建物の中にはもう、生きているバイオロイドはいないよ」


 エンゲージの口調は、何事もなかったかのように、抑揚がない。


「救助の手間が省けたね」


 後を継いだヘイゼルの言葉は、隠す気もないほどに、刺々しいものだった。

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