21 消えない疑心
恒星ロスの輝きは人間の目には変化が無いように思えるが、肌をつく大気の冷たさが、ロスの活動の弱さを教えてくれる。
朝食を自宅のキッチンでファランヴェールとともに取った後――と言っても、ファランヴェールはバイオロイド用のエネルギー液を飲むだけなのだが――フユはファランヴェールと一緒にコンドミニアムを出た。
「また夜に、ファル」
別れ際、辺りに誰もいないことを確かめると、フユはファランヴェールにそう声をかけた。ファランヴェールは少し困った顔をしながらうなずいたのだが、その姿は威厳に満ちた普段の彼の様子からはひどくかけ離れていて、フユは少しだけそれを楽しんでしまっている。
「いけないこと、なのかな」
フユとは別の方向――クエンレン救助隊のある建物へと向かうファランヴェールの後ろ姿を見つめながら、フユはふとつぶやいた。
その呼び名は、ファランヴェールにとっては大切な思い出と共にあるのだろう。それがどんなものなのか、結局ファランヴェールはフユには教えてくれていない。
それを聞いたところでどうなることでもないかもしれない。しかし、なぜファランヴェールがフユにこだわるのか、その片鱗を知ることは出来るかもしれないのだ。
そしてそれは、今だ管理棟の中のカプセルで眠り続けているヘイゼルにも通じるのでは――
ヘイゼルにしても、ファランヴェールにしても、なぜそこまで自分にこだわるのか。フユには理解できないでいる。
もちろん、そのこと自体、うれしく思う気持ちが強い。しかしすべてのバイオロイドは、人間に『奉仕』するよう、DNAで決められているはずである。
――『パーソナルインプリンティング』が関係あるとすれば。
以前、フユの許に来たバイオロイド管理局の男が言っていた言葉。大っぴらに調べることはできないでいたが、それが『バイオロイドの奉仕対象を、特定の個人に向ける技術』であることは、もうフユにも分かっている。
それを父が研究し、そしてそれを元にヘイゼルを作ったのだとすれば……ヘイゼルのフユに対する『好意』は、DNAによって決められた『本能行動』に過ぎない。もっというのなら、それは『プログラムされた行為』なのだ。
父が違法な研究をしていたのではないかという疑念より、ヘイゼルの行為がヘイゼル自身の意志によるものではないかもしれないという疑心のほうが、フユにとってはショックが大きい。
「僕はまた、ヘイゼルを疑ってしまっている」
それはフユにとって、自己嫌悪以上のものだった。
一方、ファランヴェールはフユの生まれる前からこのロスにいる。彼がフユに好意を寄せる理由は少なくとも、フユ個人を奉仕対象とするようDNAで決められたからではないだろう。
ふと、フユはファランヴェールに会いたいと思った。さっき別れたばかりなのに、である。
その思いを頭を振って振り払う。そして一限目の授業を受けるため、講義棟へと歩きだした。
学校の敷地の中の木々たちはすっかり冬支度をしているようで、それらが落とした大量の葉を毎日清掃ロボットが吸い込んではいるが、地面は相変わらず落ち葉に覆われている。
少し古風な石畳の上を歩いていると、後ろから声をかけられた。
「よお、フユ」
見ると、カルディナが不愛想な表情で手を上げている。
「おはよう、カルディナ」
彼とは、ここのところゆっくり話ができていない。フユは足を止め、カルディナが追いつくのを待った。
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