20 顔に似合わず
体を拭き終えたファランヴェールと一緒に、フユは割れたガラスと濡れた床の後片付けをした。
一度だけ、ファランヴェールがフユに向けて何か言おうとしたが、フユと目が合うと、その白い肌を少しだけ赤らめ、そしてまた作業に戻ってしまった。
フユは、写真の裏に書いてあったマークについて尋ねるかどうか迷っていたのだが、そのことがあって、何となく聞きそびれたまま、作業が終わってしまった。
「今日はもう、暗号訓練は終わりにしようか」
寝るにはまだ早い。しかし、きっと、ファランヴェールがそうしたいと思っているのだろう。
フユはその言葉に黙ってうなずき返した。
「じゃあ、僕もシャワーを浴びてきます」
「ああ、そうするといい。少し、テラスを借りてもいいだろうか」
「え……はい、もちろん構いません」
「ありがとう」
ファランヴェールはそう言ってうなずくと、屋上へと上がる階段へと向かう。
「あ、あの」
その背中に、フユは声をかけた。
「何かな、フユ」
振り返ったファランヴェールの様子は、さっきまでとは違って、またいつもの、威厳に満ちたものである。
「シャワーを終えたら、今日は早めに寝ようと思います。僕のことは気にせず、ゆっくりしてください」
きっとファランヴェールは、一人きりになりたいと思っているのだろう。かつての想い人を思うがゆえか、それとも、何か他のことを考えるためか。それはフユには分からなかったが、そのフユの言葉にファランヴェールはふっと表情を崩した。
「気を遣わせたようだな。主席エイダーにあるまじき振る舞いだったようだ。忘れてほしいが、君の厚意はありがたく受けよう」
「はい」
フユはそう返事をして、自分も笑顔を作ろうとしたが、うまくできない。少し俯いて考えた後、再びファランヴェールに視線を戻した。
「おやすみなさい、ファル」
今度ははっきりと、意識してファランヴェールの愛称を口にする。それを聞いたファランヴェールは、また少し悲し気な表情を見せた。
「でも、二人きりの時だけ、そう呼びます」
しかし、フユがそう付け足すと、ファランヴェールはまた顔に少しばかりの笑顔を作る。
「君は、残酷だな」
そう言うとファランヴェールは、謝罪の言葉を口にしようとしたフユを制止するように軽く手を上げ、屋上へと上がっていった。
結局、フユはファランヴェールにマークのことを聞かないままにした。実際のところ、フユはヘイゼルから言葉で説明を聞いただけであって、ヘイゼルが見たマークが本当に写真の裏にあったマークと完全に一致したものなのかは、断言できない。
ファランヴェールがあのマークについて知っているとすれば、現場に入っていたクエンレン救助隊から聞いたか、もしくは元から知っているかだろう。
どちらにしても、その話について聞く機会は今後有りそうであり、今日無理に聞く必要があるとは思えない。
だから――本当に同じものなのか、確かめてからでも遅くはない。フユはそう判断した。
「教会、か。ヘイゼルが見たもの、まだ現場に残ってるのかな」
フユの口から、自然とそう独り言がこぼれる。しかしそれは行ってみればわかることだろう。
――次の休みに、行ってみようか。
それに、ヘイゼルが回復すれば直接聞けるかもしれない。
――ヘイゼル……回復、するよね。
フユは、今だカプセルの中で眠り続けているパートナーのことを思いながら、シャワー室へと入った。
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