第14話 もう一人の特待生

 結局フユは、視線をヘイゼルに戻すことなく、最後に残っていたバイオロイドの方へと向けた。「あっ」という、未練にも失望にも似た声がヘイゼルの口から漏れる。そしてすぐに、青い髪のバイオロイドを睨み始めた。


『僕にかかわるすべてのものを排除しようとしてるみたいだ』


 再び『なぜ』という疑問が胸に去来するが、それを聞き出したいという誘惑をかみ殺し、フユは青い髪のバイオロイドの目を見た。

 そのバイオロイドは、敵意に満ちたヘイゼルの視線をまったく気にしていない。いや、それどころか、フユの行動にも反応を見せなかった。

 何かを見ている。しかし何を見ているのかフユには分からない。顔は動かさず、鋭い目だけがフユの髪へ、額へ、頬へ、果ては頭の上へと次々に向けられた。

 髪の毛は、目のラインと首元で水平に切りそろえられているが、もみあげだけは長く下へと真っすぐに伸びている。頭の良さそうだという印象をフユが持つのは、フユが抱くステレオタイプ的な秀才の容姿に似ているからだろうか。


「えっと、あなたの名前は?」


 声を掛けたが、そのバイオロイドに応答する様子がない。視線を合わすのが苦手なのかも思い、それ以上声を掛けていいのか、フユは迷ってしまう。

 と、後ろでモニター室への扉が開く音がした。


「あれ、先客?」


 フユよりも少し大人びた感じの、しかし気怠さに満ちた声が誰にともなく掛けられる。


「やあ、ロータス君。何か用かな。ここには今、第一八班しかいないが」


 ファランヴェールがそう応じる。フユが振り返ってみると、そこにはブレザー姿の少年がいた。短めの金髪が、ところどころ少し跳ねている。銀縁の眼鏡の奥からは、冷ややかな目がファランヴェールに向けられていた。

 十代半ばの年齢の割には、背が高い。フユにはその顔に見覚えがあった。授業中、人目もはばからず寝ていた生徒だ。


「知ってるよ。共同訓練の申し込みをしたいんだけど、そっちが先かな」


 そう言うと、ロータスと呼ばれた生徒がフユの方を見る。フユは軽い会釈で応じた。


「申し込みは先着順だ。そして申し込みの是非はバイオロイドが判断する。申し込みをしたいのなら、誰がいようと、今してもらっても一向に構わない。ただ」


 ファランヴェールがフユに近づき、肩にそっと手を触れる。


「お互いの紹介をしておいた方がいいだろう。それとも、もうそういうことは済んでいるのかな」


 ふと気になり、フユはヘイゼルの様子をうかがってみる。案の定というべきか、舌唇を噛み、ファランヴェールを睨みつけている。


「いえ、まだです」


 フユはファランヴェールに向けて、少しため息交じりにそう答えた。


「そうか、なら紹介しよう。ロータス君、こちらがフユ・リオンディ君だ。もう知っていると思うが、今日から登校している」

「ああ、教室で見た。カルディナ・ロータスだ。よろしく」


 カルディナは、口ではそう応じたが、握手の為の手を出すわけでも無く、目だけを動かし、フユの頭の上から足元までを眺める。


「よろしくです」


 フユはまた軽く会釈をした。


「ロータス君はフユと同じく、特待生制度で通っている生徒だ」


 ファランヴェールがそう付け加える。一学年は十二人。それがこのクエンレン教導学校の定員である。そのうちの二名は特待生選抜による入学者であり、学費免除という特権が与えられていた。ただし、試験毎の総合成績で二位以上にならなければ、その時点でその特権が剥奪されるという添え書きが付けられている。


「へえ……お堅い主席様が、『フユ』とはねえ」


 カルディナの独り言が耳を掠めた。フユは彼に向けて何か言葉を掛けようとしたのだが、それを無視するように、カルディナが青い髪のバイオロイドの前へと進む。


「コフィン。明日の共同訓練の相手をしてもらいたいんだけど」


 その言葉に、声を掛けられたバイオロイドが驚いたような表情を見せた。


「ワタクシ、ですか」

「ああ。もしかして、もう予約済み?」


 カルディナが、フユを横目で見る。フユは、その視線にどことなく居心地の悪さを感じた。

 クエンレン教導学校は、一般的にレベルが低いと言われていおるが、特待生だけは別だった。実際、クエンレン教導学校には目覚ましいと言える実績は少ないが、その数少ない実績は全て、歴代の特待生が挙げたものである。

 本来、認定試験を受けなければいけないのだが、フユは元いた中学校の成績を提出しただけで認定を貰えた『特例』だった。フユはそこに少し引け目を感じてしまっている。


「いえ、ワタクシでよろしいのなら」


 コフィンと呼ばれたバイオロイドが、表情を澄ましたものに戻し、そう答えた。


「んじゃ、決まりだ。申し込み登録しておく。いいんだろ、ファランヴェール」


 形式的にという感じで、カルディナが確認をする。


「ああ、もちろん。そういう仕組みだ」


 ファランヴェールが頷くと、カルディナはたった一言「お先に」と言い残し、トレーニングルームから出ていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る