18 宣戦
※ ※
「なんか、急に忙しくなったな」
二台同時に出動していくクエンレン救助隊のポーターを見送りながら、カルディナ・ロータスがぽつりとつぶやく。
「シティの救助隊の態勢はかなり回復してきたはずですが、そうですね、この二時間の間だけで、最近の一日当たりの出動回数の三倍を超えています」
傍にいたコフィンが、極めて事務的にそう答えた。
一般の学生は、クエンレン教導学校の短い夏休みに入っている。ほとんどの者は帰省するため、学校内に残っているのは何らかの理由で帰省しないごくわずかの生徒か、対テロ課程の二年生だけだった。
一般の学生は一週間、しかしカルディナたちは、その生徒たちよりもさらに短い二日間の休みしか与えられない。その上、その休みを交代で取ることになっている。
この日はフユが休みに入っているため、カルディナとクールーンは『お留守番』であった。今はカルディナが、クエンレンの正規の救助隊の詰め所で実習を行っている。
ただ、その詰め所に残る正規隊員も、もうあと人間一人とバイオロイド三体しかいない。
「有意だね、有意だよ」
少し離れたところでにやにやと笑いながら、ラウレが腕を広げながら仰々しくそう声を出した。
「何がだ」
有意――その現象に何かしらの『意味』、もっと言うなら『作為』があると、ラウレは言いたいようだ。
「学生たちにとっては休みかもしれないが、一般的な世の中では、今日は何かしら特別な日じゃあ、ない。なのになぜ、急に出動が多くなったのかな」
曰く有り気にラウレが顎に手を当て、カルディナを見た。
「さあな、調べりゃわかる。えっと」
カルディナが詰め所にある情報端末のコンソールパネルを操作する。ガランダ・エリアにおける救助活動データがモニターに表示された。
「多いのが交通事故のレスキュー。その次が……遭難?」
コンダクター養成所のみならず、世間一般に学校は夏休み期間に入っている。両親が休みを取り、旅行に行く家庭もこの時期なら少なくはない。
しかし、GPS網が完備されている状況で、アウトフィールドでの『遭難』は件数としては多くない、いやほぼあり得ないはずなのだ。
「どういうことですかね」
カルディナが、一人残っている救助隊の隊員にそう尋ねるが、その恰幅のいい男性はただ一言「分からんな」とだけ答えた。
カルディナはその一件一件の詳細なデータを調べてみた。そしてあることに気が付く。
「GPSのトラブルが多い」
「ロスからの宇宙線が強いのでしょうか」
カルディナの独り言に、コフィンが反応した。
確かに夏は恒星ロスの活動期であり、一年で最も空間線量の多くなる時期である。
「いや、今日はそれほど空間線量は高くない」
「じゃあ、もっと別の原因があるんだろうねぇ」
一体何がそんなに愉しいのか、ラウレのにやにやは収まる気配がなかった。
「例えば?」
「以前、GPSが使えなくなった時があったじゃないか、ロータス君」
「同時多発テロの時か? 今日はそんな事件は起こってないぞ」
「今起こっていないということをもって、これからも起こることはないという根拠にするのは、どうかと思うがねぇ」
もうそろそろ『夕方』とも言える時間帯に入ってきている。もちろん、テロに時間などというものはないのだろうが。
随分慣れてきたとはいえ、相変わらずのもったいぶったラウレの口調に、カルディナが少しイラっとしてしまう。
「なに、お前は今からテロが起こると言いたいのか?」
少し声が大きくなってしまった、まさにそれが合図になったかのように、突然モニターの画像が切り替わる。
真っ暗な背景に、見慣れない白いマーク――円と、その下部から上へと枝分かれしながら広がる三本の線。それを背に、一人の人物が立っていた。
クエンレンのものに似た―しかし全く一緒というわけではない――ムーンストーン色のマントコートを羽織り、フードを深くかぶった姿。逆光でその顔は見えない。
「なんだ!?」
思わずカルディナが叫ぶ。部屋にいた隊員とエイダーたちも、モニターに視線を注いだ。
『聞け、人間どもよ。バイオロイドが人間に搾取された状態が幾年月と続いている。同じ生命体であるにもかかわらず、まさに言語道断ともいえる不条理。それらは速やかに是正されなければならない』
女性の声。しかし低音で、体を揺さぶるような威厳を感じる。
「誰だ、これ」
そのカルディナのつぶやきに答えるように、画面の向こうにいる人物が両手を広げた。
『我はバイオロイド解放戦線のリーダー、ムイアン。これよりネオアースにはびこる数々の不条理の是正を行う』
その言葉が終わるや否や、詰め所の中に出動を要請するコールが鳴り響いた。
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