3 道具の運命

 見せられた映像の中のバイオロイドは、短く切りそろえた赤い髪が印象的だ。少し切れ長の目を宿したその端正な顔には、戸惑いと僅かな苦悶の表情が浮かんでいる。


 キャスパー・クエル・ベローチェ――今年、クエンレン教導学校に入ってきたバイオロイドの中では一、二を争う性能の持ち主と言われていたバイオロイドだった。


 しかし、ラウレとの模擬戦闘訓練において負傷し――身体的ではなく、精神的なものであった――結局、学校を去ったとフユは聞いていた。

 理由は、その精神的ダメージが原因でエイダーとしての適性を失ったから。


 そのベローチェがなぜ、このような『姿態』を晒しているのだろう。


「これは、一体、何を」


 フユは思わず顔を背け、ウォーレスにそう問いかけた。


 何をしているのか、いや、何をされているのか、フユにはもちろん分かっていた。男性――頭部がモザイク処理をされていて、どういう人物なのかははっきりとは分からない――の性行為の相手をさせられているのだ。


 分かっていてなお、問わずにはいられなかった。


「もちろん、見ての通りだ」


 ウォーレスが平然とそう返す。


「これも、部長、あなたが」


 しかし、そのフユの問いかけには、ウォーレスは答えない。


「そのバイオロイドの表情を見て欲しい」

「お断りします」

「科学者として見るんだ」

「この映像の何をどう科学者として見ろというのですか」


 フユの声が少し荒いものになる。


「君ならわかるはずだ。ヘイゼルと、そのバイオロイドとの違いが」


 しかしそのフユの反応にも、ウォーレスは冷たいほどに冷静だった。

 フユは無言でウォーレスを睨みつける。


「どう違う」

「それを、答えろというのですか」

「ああ、そうだ。教えてほしい。それとも、君と性行為をしているヘイゼルの表情を、直接私に見せてくれるのか」


 そこで一瞬、静寂が訪れた。ウォーレスを睨むフユの顔が、怒りからかそれとも恥ずかしさからか、赤くなっている。


 ウォーレスもまっすぐにフユを見つめていた。普段のような、掴みようのない軽さは、今はその表情から消えている。


「部長は先日僕に、『売春の斡旋』は誤解だと言いましたよね」


 ウォーレスにヘイゼルとの関係を追及された日、フユはウォーレスにそのことについて問うていた。しかしその時、ウォーレスは『それは君の誤解だ』と答えていたのだ。


「ああ、言った」

「では、これは何ですか。エイダーとしての適性を失ったバイオロイドは、他の部門へと回されるはずです。なのになぜベローチェがこんなことをさせられているのです。あなたが斡旋したからでしょう。それともこれが、あなたの研究だと言うのですか」


 フユが、いまだ映像が流れ続けている端末を指さす。


「もちろん、研究の一環だ。だが研究以外に、もう一つ目的がある」

「金儲けですか」


 間髪を入れずにフユが言葉を返した。その言葉に、ウォーレスがふっと笑う。


「何がおかしいのですか、部長」


 フユの口調はもう、相手を詰問するようなものであった。しかしウォーレスは動じていない。まるで、フユとは別次元にいるような、そんな雰囲気をまとっていた。


「あれはな、リオンディ君。『救い』だ」

「救い?」

「そうだ」

「あれのどこが『救い』なんですか!」

「君も、あの男と同じことをしているじゃないか」

「違います。ヘイゼルはあんな『何をされているのか分からずに戸惑っている』ような表情はしていません。嫌がってもいない。だって、彼から僕を求めてくる」

 

 もしかしたら誘導に乗せられたのかもしれない――フユの頭にふとそう言う思いがよぎる。しかしフユはすぐに、そんなことはどうでもよくなった。


 自分とヘイゼルは、自らの意思でつながっている。無理やりの行為と一緒にされるのは我慢がならなかったのだ。


 ウォーレスは、思いがけずもフユから出た『答え』に、しかしそれほど興味は示さない。ウォーレスには初めから分かっていたことだった。


「君の言う通り、エイダーとしての適性のないバイオロイドは他の部門に回される。保育、家政、看護、介護。バイオロイド無しでは成り立たないものも多い。このネオアースでは、ケア・ジョブに人間の手を回す余裕がないからだ」


 ウォーレスが端末を操作し、映像を止めた。そしてフユに、席に着くよう促す。フユはそれに首を振った。


「立ったままで結構です」

「そうか」


 ウォーレスはそれ以上は促すこともなく、デスクの上のカップに口を付けた。


「でも、だよ、リオンディ君。エイダーにもなれず、ケアジョブにもつけないバイオロイドはどうなると思う」


 ウォーレスの問いかけは、フユの想定していないものだった。


「何かもっと別の仕事を与えられるのでは」

「その『別の仕事』もこなせないバイオロイドは」

「……分かりません。そのようなバイオロイドがいるとは聞いたことがありません」

「じゃあ、『寿命』を迎えたバイオロイドが『リサイクル』へと回されるということは」

「知ってます」


 バイオロイドにも寿命がある。人間のように肉体が老いることはないが、ある年齢になると急激に活動能力が低下する時期がくる。その後しばらくして活動を停止するのだ。


 個体差はあるものの、その時期は生産されてから五十年ほどと言われている。


 しかしそれは、バイオロイドにとって『死』では無かった。合成タンパク質を始めとする彼らの肉体を構成する物質は、『再処理』をされ、再び新たなバイオロイドを生み出すための『材料』に使われるのだ。


 それは学校の授業でも教えていることだった。


「なら、どの部門でも使い物にならないバイオロイドは、寿命など無関係に『再処理』へと回されるということは知っているか」


 再び、部屋の中に静けさの波が押し寄せた。ウォーレスの言葉の内容を、フユは一瞬分からずにいたのだ。


 いや、理解はできた。しかし脳が、それを認めることを拒否している。


「人間の指示に従わないバイオロイド、もしくは、法に違反したバイオロイドも、『再処理』へと回される。そう、例えば、人間と性的関係を持ってしまったバイオロイドなどはな」


 そこに、ウォーレスの言葉が追い打ちのようにたたきつけられる。フユの唇が震えた。


「寿命を迎えていないのなら、そのバイオロイドは生きています。生きたまま『再処理』されるということですか。そんなの、そんなの、おかしいじゃないですか」


 唇の振動が、声を震わせる。

 ウォーレスの目が、憐れむようにフユを見つめた。


「バイオロイドは『道具』なんだよ、リオンディ君。現在の、このネオアースではね」

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