33 変化

 自分を押さえつけていた重みが――それは決して押しのけられない程のものではなかったのだが――突然消え失せたことに、しかしフユは驚くことはなかった。屋上テラスの扉はわざと施錠せずにいておいたのだから。


 しかし実際のところ、先ほどまでの状況はフユが『思い描いていた』ものとは少し違ってはいた。ファランヴェールが自分に対して、「実力行使」を行うとは思っていなかったし、そうなったとして、ファランヴェールには決してフユを傷つけようという意思などないだろう。


 にもかかわらず、「彼」はこのタイミングで部屋の中に入ってきたのだ。


――もっと前から様子をうかがっていたのか、それとも。


 しかし、冷静に働こうとしたフユの思考を、目の前の光景が邪魔をする。最初の一撃で吹き飛ばされたファランヴェールに、「彼」が追撃を加えようとしたが、ファランヴェールは倒れながらもそれをいなす。そして、少し顔をゆがませながらも、華麗な動きですぐに起き上がった。


 睨みあう二体のバイオロイド。片方は白く長い髪を揺らし、もう片方はフユが見たこともない色――ダークグレイの長い髪を振り乱していた。


 白銀にも似た艶やかな灰色をしていたはずのヘイゼルの髪が、今はくすんだ黒っぽい灰色になっている。いや、もはやそれは黒といってもいいかもしれなかった。


「ヘイゼル、その髪、どうして」


 思わずフユが叫んでしまう。フユの声に、ファランヴェールにとびかかろうとしたヘイゼルの動きが止まった。


 部屋の明かりを受けても、ヘイゼルの髪はその光をほとんど反射していない。それが何も身に着けていないヘイゼルの背中から腰に落ち、ヘイゼルの体の半分をフユの視界から覆い隠している。


 そこでフユは気が付いた。ヘイゼルの体の色も、陶器のように真っ白だったものが、今は人間ではありえない色――灰色にくすんでいるのだ。


「体まで。ヘイゼル、何が」


 あったのか。ヘイゼルがメンテナンス・カプセルで眠っている間、フユは頻繁にその様子を見に行っていた。もちろん昨日もである。その時には、そのようなヘイゼルの変化は見受けられなかった。


 ヘイゼルの変化には、ファランヴェールも少し驚いたようだ。何かしらがあったのだとしたら、今朝から今にかけてなのだろう。


 ヘイゼルが、ファランヴェールから視線を外し、フユの方へと振り返る。自分を見るフユの視線に、ヘイゼルは突然、両手で自分の体を抱きかかえた。


「み、見ないで、フユ。見ないで」


 悲痛にも似た叫び。そのままヘイゼルは、その場にしゃがみこむ。フユはすぐにヘイゼルの許へと駆け寄り、彼の体を抱きかかえた。

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