34 部屋の中のパンデモニウム
「どうして。いつ、こうなった」
フユの問いかけにも、ヘイゼルはフユの腕の中で必死にいやいやと顔を左右に振っている。その顔をフユは強引に両手で包みこむと、ヘイゼルにまっすぐ自分を見つめさせた。
しかしそれは却って、フユをさらに当惑させることになる。
「これは」
一体、この一日の間に、ヘイゼルに何が起こったというのだろう……吸い込まれそうなほどに黒かったヘイゼルの瞳が、いまは闇の中でも煌めきそうなほどの、金色に染まっている。
ヘイゼルのような「ティア・タイプ」のバイオロイドは、いわば「未分化」の状態のまま育ってしまったものであり、それが何かのきっかけでバイオロイド・タイプのどれかに分化する。
それは、いつか必ず起こるものとされていたが――
「分からない、分からないよ。いつの間にかこうなってて」
ヘイゼルは、目に涙を浮かべ、縋るような目でフユを見つめた。
暗い灰色の髪、金色の目、そのどちらもフユが知っているものではない。本来なら、レス・タイプの青、クエル・タイプの赤、そしてセル・タイプの緑、そのどれかになるはずだった。
ヘイゼルに起こった変化は、『分化』なのかそうでないのか。フユには判断できない。
フユの呼びかけにもヘイゼルが答えなかった理由は、もしかしたらこの『変わり果てた』姿をフユに見られたくなかったからなのだろうか。しかし、フユがファランヴェールと一緒にいるのをどこかから見て、我慢できずに部屋の中に入ってきた――そんなところだろう。
フユがファランヴェールの方へと向く。ファランヴェールは、ヘイゼルに蹴られたわき腹を少し気にしていたが、フユの視線に気が付くと、何用か尋ねるような表情を見せた。
フユは言葉を出そうとして一瞬のみ込む。少し考えた後、ゆっくりと、しかしはっきりとした声で、白髪のバイオロイドに呼び掛けた。
「ファル」
その名に、呼びかけられたバイオロイドがはっとした表情を見せる。そして、目をつむると、一度だけ深く息をついた。
「何でしょうか」
ファランヴェールの言葉はまだ終わってはいなかった。しかしその後を言わせまいとするかのように、ヘイゼルが叫び声をあげた。
「何、何なの、なんで、なんでそんな、呼び方!答え方!」
ヘイゼルが、フユが着ていたトレーナーの胸元をつかむ。そして二三度揺さぶった後、ファランヴェールをにらみつけた。
「なんで、なんで、お前、泥棒猫!」
「落ち着いて、落ち着いてヘイゼル」
フユがなだめようとするが、ヘイゼルは今にもかみつきに行きそうな勢いでいる。しかし、その敵意を向けられたファランヴェールは、ただ憐れみを含んだ目でヘイゼルを見つめ返していた。
「お前なんか、時代遅れの不良品のくせに!」
それがヘイゼルにも分かったのだろう。負け惜しみにも似た言葉がヘイゼルの口から飛び出す。
次の瞬間、フユの平手がヘイゼルの頬を打った。
ヘイゼルが唖然とした表情でフユを見る。しばらく固まったままでいたが、ふとヘイゼルの瞳から、涙が一粒、二粒と零れ落ちた。
「なんでよ、フユ……フユは、ボクを嫌いになったの……」
「好きとか、嫌いとか、関係ない。ヘイゼル、それは言ってはいけないことだ」
「だって、だって」
ヘイゼルが力なくうなだれる。その彼をフユは優しく抱きしめた。
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