30 偶然というには

「本当に大丈夫?」


 セフィシエが心配そうにフユの顔を覗き込んでいる。その母性を思わせる眼差しに、フユは自分の醜態を思い出し、また恥ずかしくなってしまった。


 けれど――フユはもう一度鏡を見つめてみる。そこには若かりし頃の母親にそっくりな姿でフユの全身が映し出されていたが、それを見てももう、フユの心の中に悲しみは沸いてこない。その代わりに、今までになかった決意が胸の奥で確かな質量を持っていた。


 もう父親も母親もいない。今まではそれに目を背けていた。しかし忘れようとしてはいけなかったのだ。

 フユから両親を奪ったあの事件、いつかはその犯人に――


「取り乱してすみません。もう、大丈夫です」


 そう言ってフユは笑顔を作ってみせた。


 セフィシエは最初、無理矢理女の子の格好をさせてしまったから、フユが泣き出してしまったと思ったようだ。しかし、そうでないことをフユが説明すると、セフィシエは安堵した顔を見せるとともに、もう一度フユを抱きしめた。


 その後、もしよければというセフィシエの申し出に、フユはかなり恥ずかしながらも応じ、カルディナと並んで何枚かの写真を撮った。


「背景を加えたら、フユ君にも写真送るわね」


 セフィシエは如何にも満足げに微笑んだのだが、フユはその写真をお店の宣伝に使うと聞いて、目に見えて慌ててしまう。


「大丈夫、誰もこんな美少女がフユ君だって分からないわよ」


 しかし、なだめられるような、言いくるめられているような、セフィシエの優しい声に、フユは思わずうなずいてしまった。

 確かに、モニターに映し出された撮ったばかりの写真を見てみると、言われなければこれがカルディナとフユであることは分かりそうにない。

 写真の中で、カルディナは堂々と、フユは恥じらいを見せているが、その様子はまるで姉妹を写したもののようである。


「バイト代、フユにもちゃんと払えよ」


 カルディナが自分の姉に釘を刺すように言うのを、フユは笑いながら聞いていた。


 その後フユは、化粧を落としてもらい、制服へと着替えた。


 カルディナに連れてこられたせいで、フユにはこの店が何処にあり、今自分が何処にいるのか分からなくなっている。だから、位置が分かるところまでということで、カルディナに送ってもらうことにする。


 ただ、店を出る時もカルディナは女の子の格好のままだった。


「まだ俺は『バイト』が終わってないからな」


 カルディナは今日は実家で寝泊まりし、明日の朝、学校に来るつもりのようだ。


「つき合わせて悪かったな」


 歩きながらカルディナがぼそっとつぶやいたのに対し、フユは笑いながら「ううん、楽しかったよ」と答えた。

 そこでカルディナが足を止める。


「あー、顔にコットンがついてる」


 化粧を落とすときのついたのだろう。カルディナがそれに気づき、フユを真正面に立たせ、その顔を覗き込む。行き交う人が興味深げに二人を見ているのに気づき、フユは恥ずかしくなってしまった。


 カルディナの方が背が高い。お姉さんに世話を焼かれる弟のように見えるのか、それとも――恋人のように見えるのだろうか。


 恥ずかしさをごまかすため、なおもフユの視線は泳ぎ続ける。そのフユの目に、ふと、人間のものとは明らかに違う色をした髪の毛が写った。

 灰色の長い髪、そしてその下には、ムーンストーン色のフードマント……


 フユの視線の先で、世界の終わりに絶望している、そんな表情をしたヘイゼルが、目をいっぱいに見開いてフユを見つめていた。

 

「ヘイゼル」


 なぜここに――

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