第6話 問題児
「でも、これほどの設備があるのに、学校のレベルが低いというのがよく分かりません。コンダクターを目指すには申し分のない環境だと思うのですが」
握っていた手を離すとすぐ、フユは学校を見回って感じた疑問を、ファランヴェールにぶつけてみた。
「それはだね」
しかし、驚いた様子も、困った様子も見せない。きっと、ファランヴェールはそのような疑問をフユが持つことを予めわかっていたのだろう。
「今からバイオロイドたちの訓練を見学する。エイダーになることを目指してこの学校で訓練を受けているバイオロイドたちだ。あそこがその訓練施設になる。話は歩きながらしよう」
ファランヴェールが、二人が進む道の先に見えている白い棟を指さす。そしてフユを背中を軽く押し、歩き始めた。
「時期が来たら君にも、担当するバイオロイドを選んでもらうことになる。実習用ではあるが、選んだバイオロイドとは今後長く共に様々な活動をすることになるだろう。それが一般的なコンダクター養成所の仕組みだ。だから、学校のレベルを決めるのは設備よりも所属するバイオロイドの質によるところが大きい」
歩みを進める度に、ファランヴェールの後ろに束ねた長い髪が揺れる。フユがバイオロイドを見たのは、ヘイゼルが初めてだった。そしてファランヴェールが二体目なのだが、どちらも灰色の髪をしている。人間ではあまり見ない色だが、不思議と違和感はない。
しかし、入院中に勉強した限りでは、バイオロイドは能力によって髪の毛の色に特徴が出るとあった。赤、青、緑という三原色を基調としているはずなのだが、ファランヴェールもヘイゼルも、それには当てはまらない。
灰色の髪のバイオロイドも多いのだろうかと、少し見とれてしまった。ファランヴェールが自分を見ていることに気付き、フユは慌てて視線をファランヴェールの目へと戻す。
「つまり、この学校のバイオロイドの質は」
そこまで言ってみたが、それ以上言うのがはばかられ、フユは言葉を止めた。
「お世辞にも高いとは言えないということだ」
しかしファランヴェールは、フユが飲み込んだ言葉をあっさりと付け足してしまう。その言葉に、フユの胸の中に僅かばかりの反発心が生まれた。
「僕はヘイゼルに助けられました。あのテロの中、ホテルのロビーにいた人間で助かったのは、僕一人だけです」
ヘイゼルの舞うような動き。瞼を閉じればすぐに再生されるほどに、フユは入院している間何度もそのシーンを思い返していた。その運動性能と、あの破滅的な状況の中一人の人間を守り切った耐久性。ヘイゼルが能力の低いバイオロイドだとは思えない。
「なぜ彼がそのホテルにいたのか。正式なエイダーではない、まだ救助活動の実習にすら参加したことのないヘイゼルが、なぜテロ現場にいたのか。フユは知っているかな」
しかし、思いがけないファランヴェールの返答に、フユは少しキョトンとしてしまった。
「いえ」
「彼には脱走癖があってね。あの時も、その三日前に彼はこの学校から脱走していて、我々はその捜索をしていた。彼がなぜあそこにいたのか正確には分からない。彼はそれを話そうとはしなくてね。結果、彼は懲罰室に二か月間閉じ込められることになってしまったのだよ」
「そんな。僕を助けてくれたのに」
「そう。その功績があったから、二か月に短縮された。本当は三か月のはずだったのだよ。性能という点では、確かに彼は優秀かもしれない。三日間、我々の全力の捜索から逃げきってしまったのだからね。しかし、彼にはバイオロイドとしての自覚が無いのだ。元々彼は、違う学校に所属していた。しかしその問題行動が余りにひどくて、マーケットに返品されてしまったのだよ。それをこの学校が受け入れた」
「マーケット、ですか」
「エイダー用に開発されたバイオロイドは、春のマーケットに一斉に『出品』される。そこで各学校に配布するバイオロイドが決められるのだよ。さあ、着いた。中に入ろう」
会話に夢中になっていたため、フユはファランヴェールに言われて初めて、訓練施設についたことに気付く。少し熱くなってしまったことを恥ずかしく思い、フユは黙ってファランヴェールの後に続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます