22 動乱の始まり

※ ※


「一体どういうことだ!」


 クエンレン教導学校の理事長室に、キャノップ・ムシカの怒号が響き渡る。筋肉質のがっしりとした体が驚きと怒りに震えていた。


『申し上げた通り。戒厳令が出されました。今から七十二時間、そちらに所属するあらゆるバイオロイドの行動が制限されます。エイダー、エイダー候補、そのどちらも敷地から出さないように』


 通信機器のモニターには、眼鏡をかけた背広姿の男が映っている。バイオロイド管理局の人間だった。


「出動しているエイダーもいるんだぞ」

『呼び戻してください』

「救助活動中だ。そんなことできるか!」

『管理局の要請に従わない場合、反乱に加担するものとして、厳罰に処せられます』


 キャノップの顔が怒りに赤くなる。しかしモニターの向こうにいる男は意に介していないようだ。


 バイオロイド解放戦線による突然の『宣戦布告』。するとすぐにガランダの行政府は戒厳令を発令した。


 何が起こっているのか、何が起こるのか、情報がないままに、突然、学校の『封鎖』が通告されたのだ。


 理由は『バイオロイドが反乱に加担するのを防止するため』である。


「そんなバカなことがあるか!」


 通信が終わり、真っ暗になったモニターに向けてキャノップはもはや役にも立たない言葉を吐き捨てる。


 管理局員は通信の終わり際に『既に治安警察が各地のエイダー養成所に展開しています。もちろん貴方のところも例外ではない。衝突は即反乱とみなされますので、ご注意を』との言葉を残していった。


「随分と行政府の動きが早いですな」


 解放戦線による『通信ジャック』と『宣戦布告』の報を受け、部長のウォーレスも理事長室に来ていた。相変わらずの軽い口調でそうつぶやきつつも、顔にはいつになく深刻な表情を浮かべている。


「というと?」

「行政副長官が拘束されたそうです。反乱の共謀とかなんとか。彼はバイオロイド擁護派でしたからね」

「その騒乱が仕組まれたものだというのか」

「それも、バイオロイド反対派のね」


 バイオロイドを多数抱えているコンダクター養成所は、バイオロイド反対派の『標的』の一つだろう。


「い、いったい、どうなるのですか、理事長」


 副理事のトアン・デルソーレが、その脂汗まみれの顔をハンカチで拭いながら、おどおどした声で尋ねた。

 キャノップがうなり声を上げる。どうなるのか、キャノップのほうが聞きたいくらいなのだ。


 治安警察に学校の周りを封鎖されれば、何の手も打ちようがない。武装した警察に対抗するすべなどないのだ。

 キャノップは音を立ててプレジデント・デスクに体を沈める。


「救助隊に現場から戻るよう指示を出せ。外出しているエイダー候補にも至急学校に戻るよう連絡。構内にいるバイオロイドには待機の指示を」


 と、情報端末のモニターに新たな救援要請があったことと、残っている救助隊の出動を知らせるサインが表示された。


 キャノップが慌てて救助隊本部に連絡を入れる。指導教官のケルビン・エタンダールが応答した。


「キャノップだ。出動は中止しろ。現在出動中の者もみな帰投するよう指示を出せ」

『どういうことですか』

「説明が長くなる。とりあえず指示に従え」

『ボーカストの発電プラントが襲撃され、炎上中です。多数の死傷者が出ているそうです。その救援要請を無視しろというのですか』

「なんだと」


 キャノップが慌てて端末を操作すると、モニターにいくつもの場所から煙を噴き上げている発電プラントの映像が映し出される。


「これは」


 ウォーレスすら、それ以上の言葉を出すことができなかった。

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