23 エゴ

※ ※


「フユ・リオンディ、アナタは気づいているのよね。バイオロイドが本当は人口抑制のための『玩具』なんだってこと。だからカグヤに会ってそれを確認したかった。違っていて?」


 イザヨ・クレアがフユへと顔を向けた。


「いえ、合っています」

「じゃあアナタはどう思う? この世界は、人間の見えないところでAIが全てを操ってるのよ。今のままでいいの?」


 クレアの問いかけ。フユはそれに即答することはできなかった。


「ワタシはいやよ。この世界は一度『リセット』されるべきだわ。そうするのに手っ取り早い方法がある。フユ・リオンディ、ファランヴェールに命じなさい。『ゲルト』を解放しろと。『マスター』の命令ならファランヴェールは従うわ」


 クレアは、ここに封印されている『ゲルト』という第一世代を解放したがっている。フユにもそれは分かるのだが、彼女の物言いに少し違和感を感じていた。


「なぜ、その『ゲルト』にこだわるのですか。世界をよりよくする方法なら、他にもあると思うんです。人間とバイオロイドが共存できる未来が。それに、貴女自身、バイオロイドの設計者です。その貴女が、バイオロイドのいない世界を望んでいるのはなぜですか。なぜバイオロイドを作ってきたのですか。父がもう死んだから――『復讐』が終わったから、バイオロイドが用済みになったんですか?」


 しばらくの間、部屋の中には微かなモーターの駆動音と、静かな呼吸音だけが流れる。

 ヘイゼルは部屋の中に二体いる赤毛のバイオロイドの動きに集中しているようで、口をはさむ様子はない。カグヤやファランヴェールも、口を堅く結んだまま見守っている。

 この二人は、色々なことを知っているのかもしれない。しかしそこには、土足で踏み込んではいけない、どこか神聖な領域があるようであった。


「なぜアナタはバイオロイドにこだわるの? バイオロイドがいなくても、人間はまた別の方法で未来へと歩んでいく」

「バイオロイドがいても、AIに管理されていても、人間はそれなりに未来へと歩んでいくと思います。僕は、バイオロイドとともに生きていきます」

「なぜ?」


 なぜ?


 フユはヘイゼルを見た。不必要に思える程に警戒心を解いていない表情。どこまでもフユを護ろうとしている。


 ファランヴェールと目が合う。ヘイゼルがフユを見る目とは全く違う目。ファランヴェールが、少し寂しげにほほ笑んだ。


 フユがヘイゼルの肩を抱く。警戒を邪魔され、ヘイゼルが驚いたようにアッという声を上げた。


「ヘイゼルを愛してます。ファランヴェールも。二人を愛しているから」

「フユ」


 ヘイゼルがフユの胸元からフユを見上げる。フユはそれにほほ笑むと、クレアをまっすぐ見据えた。


「あはははははは!」


 クレアが突然笑いだす。


「アナタのエゴで、人間を人工知能の奴隷のままにしておこうというのね」


 エゴ――それをエゴというのならそうなのだろう。


「はい」


 その答えに、クレアは笑いをやめた。


「口では殊勝なことを言いながら、心の奥底では他人のことなんか考えず、世界を自分の思い通りにしようとする。そっくりね」

「父に、ですか」

「ええ。でも、アキトだけじゃない」


 クレアがゆっくりと、部屋にいる者たちを見回す。


「カグヤとも、ファランヴェールとも、そして、ワタシともそっくり。なぜ『ゲルト』にこだわるかって? それは『ゲルト』がワタシの『全て』、だから」


 そして最後にまた、クレアのゴーグルはフユへと向けられた。

 その『全て』という単語は――彼女が持つ執念、いや怨念のようなものが置き換わったできているようだ。


「その方を、愛しているのですか」

「愛してる? そんな生半可な言葉じゃないの。全てなの。バイオロイドがどうとか、人間がどうとか、興味なんかない。なぜバイオロイドを作ってきたかって? ゲルトを解放するためよ。なぜバイオロイドのいない世界を望むかって? ゲルトがそう望んでいるからよ。復讐? ええ、復讐よ。ゲルトとワタシを引き裂いてきた全ての者への復讐よ。カグヤも、ファランヴェールも、そしてアナタの父親も」


 と、イザヨ・クレアがモニターへと車いすを向ける。


「面白いもの、見せてあげる」


 ゴーグルとそこから延びるケーブルがせわしなく点滅すると、コントロール室の中央の壁に設置されていた一番大きなモニターに電源が入った。


 映し出された映像――煙を上げて大きな建物が燃えている。ビルや住居ではない。無骨な金属の骨組みでできた建物。その横にいくつかの巨大な煙突――細長いものと胴がくびれたようなもの――が立っている。煙が出ているのは煙突からではない。それらすべての建造物が損傷を受け、煙を出しているのだ。


「発電プラント――なんてことを」


 ファランヴェールが思わず声を上げた。

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