27 存在の証明

 ヘイゼルの動きに、赤毛のバイオロイドが呼応した。


 黒いドレスが翻る。その裾が作る陰からヘイゼルの蹴り足が伸びるのを、赤毛のバイオロイドが両の手でつかもうとした。


 が、それはヘイゼルのフェイントであり、足は宙で軌道を変えると、バイオロイドの腹部へとめり込む。しかしバイオロイドは、それを意に介することもなく、またヘイゼルの脚へ手を伸ばした。


 バイオロイドの右手がヘイゼルの脚を掴む。さらに左手が伸びるのを、ヘイゼルは脚を引くのではなく、押し込んで、相手の体を吹き飛ばした。


 バイオロイドの左手が空を掴み、二体の体が離れる。


「ヘイゼル、やめて、危険だ!」


 分かっていたのか、それとも偶然なのか。かつてラウレがベローチェ相手に見せた能力――ラウレにつかまれたベローチェはそのままその場に崩れ、苦しみ始めた――は、右手で相手を掴んだだけでは、『発動』しないようだ。


「やっぱり、両手でないとダメなんだ」


 ヘイゼルが口元に笑みを浮かべる。


  ラウレの動き、そして、目の前のバイオロイドの動き、それらだけでヘイゼルはそう分析していたのだろうか。なんとリスキーなチャレンジであっただろう。

 しかしヘイゼルの顔には、愉快――いや、そうではない。ヘイゼルは今、喜びであふれている。


「ヘイゼル!」


 フユには、そのヘイゼルの心が分からない。なぜそんな表情をするのか。


「フユ。どうしてか分からない。分からないけど、でもね、ボクは、この時のために生まれてきたような気がするんだ」


 戦う喜びなどではない。ヘイゼルが感じているものは、まさに、自分の存在理由が証明される瞬間に立ち会う者のみが得られる喜びであった。


「ボクはフォーワル・ティア・ヘイゼル。フユの守護者ガーディアン。キミの名前、聞いといてあげる」


 対峙する赤毛のバイオロイドに、ヘイゼルが声を掛ける。


「イザヨ・クエル・エルトロ。それがお前を『壊す』ものの名だ」


 少年のような、しかし切り裂くような声。


「そう。よろしくね」


 ヘイゼルが答え、そして両者がぶつかった。


 エルトロが伸ばした右手の手首を、ヘイゼルが左手でつかむ。そのまま外側にねじるように回すが、エルトロはその勢いを使ってヘイゼルの頭へと蹴りを伸ばした。

 ヘイゼルがそれに合わせて体を回転させると、エルトロの足が空を斬る。


 ヘイゼルの長い髪が踊った。


 ヘイゼルが、エルトロの手首を今度は逆にひねり上げる。そうはさせまいとエルトロがヘイゼルの髪に左手を伸ばすが、ヘイゼルがその手を掴んだ。そして背負うようにエルトロを大きく投げ飛ばす。


 その先に、イザヨ・クレアがいた。


 クレアの傍にいたもう一体のバイオロイドが、すかさず前に出て、エルトロの体を受け止める。


「もらった」


 ヘイゼルはそのまま前へ進むと、絡まるその二体のバイオロイドの上を飛び越え、そしてクレアの首を右手で掴んだ。


 黒い金属製のゴーグルは、華奢な女性がつけるには随分と重たそうだ。様々な光が忙しなく点滅している。


「動かないで。動くと、この人が死ぬよ」


 ヘイゼルは、後ろにいる二体のバイオロイドへと声をかける。赤毛のバイオロイド達の動きが止まった。


「で、どうするつもり?」


 クレアが、しかし事も無げにそう尋ねる。


「バイオロイドを下がらせて。そして、キミが持ってる情報をフユに渡して」

「それをしたら、ワタシはどうなるのかしら」

「命は助けてあげる」


 少しの沈黙。そしてクレアは笑い出した。


「何がおかしい」 

「やればいいわ。できるなら」

「なっ」

「アナタ、自分が何者か忘れてる。人間に馴れすぎて、自分を人間だと思い込んでしまった犬のよう。でも、アナタはバイオロイド。人間じゃない。バイオロイドに、人間は、殺せない」


 クレアが笑い続ける。ヘイゼルはクレアの首を掴んでいる手に力を入れようとしたが、しかし力が入らない。

 無意識に、手に力を入れることを体が拒否しているのだ。


「ほらね」


 ヘイゼルがクレアの首に左手も添える。そして体重をかけようとしたが、しかしそれも叶わなかった。


「悲しいわね。でもそれが、バイオロイドよ。さよなら、アキトのバイオロイド。ワタシの勝ちね」


 次の瞬間、ヘイゼルは後ろから掴まれ、そして脳に激痛が走るのを感じた。


「ヘイゼル! ヘイゼル!」


 フユの叫び声が、遠くで響く。二度、三度……呼ばれるたびに、ヘイゼルはそれに応えようとしたが、その意識は次第に遠くなり、やがてすべてが暗闇に沈んだ。

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