20 コントロール室
通路というよりは排気ダクトにちかいものの中を、ファランヴェールが速足で歩いていく。
宇宙船の構造については、フユの知るところではない。しかし状況からするに、この宇宙船はその前部を上に向けて立っていたようで、ということは閉鎖された区画である『第四層』はかつて宇宙船の動力部であったのではないかと考えられた。
カグヤはそこにいるのだろうか。第六体目の『第一世代』になるはずだった『ゲルト』とともに。
――なぜ?
なぜそこにカグヤがいるのか。クレアは、カグヤに会うにはここに行けと言った。ここにいるのは、ファランヴェールが言うには、ゲルトとそしてAI――
いまだ残る様々な疑問に思いを馳せていると、時々ヘイゼルがフユの腕に回していた手にきゅっと力を入れる。そこでフユは思考を中断され、そのたびにヘイゼルに微笑んで見せた。
ただ真っすぐに伸びる通路。永遠に続くように思えるものもいつかは果てるのだろう。まさにその通り、やがてその通路は行き止まりを迎えた。
「この先が、中央コントロール室です」
「ここに、カグヤさんがいるの?」
「それは、私にも分かりません」
分からない?
カグヤは自分のことを随分と謎めいた言葉で表現していた――『一にして全、全にして一』
取っ手もへこみも何もない壁に、ファランヴェールが自分の手を当てようとして、その手をヘイゼルがいきなりつかんだ。
ファランヴェールが怪訝な表情でヘイゼルを見る。
「ヘイゼル?」
ここまできてまたヘイゼルが――フユは一瞬そう危惧したが、ヘイゼルには昂った様子はない。
「なにかいる」
突然、ヘイゼルがそうつぶやいた。
「なにかって?」
「なにか。危険なもの。敵意の塊」
まるで壁の向こうを見通そうというように、ヘイゼルが壁を見つめている。
「それは僕に向けて?」
フユの問いかけに、ヘイゼルは軽くうなずいた。
「どういうことだろ。中に誰かいるのかな」
フユがファランヴェールに問いかけるが、ファランヴェールは軽く顔を振る。
「ここを制御しているのは、AIです」
人間はいないはず。
「『ゲルト』って人は」
「彼がいるのはここではなくもっと深いところ。それに、彼にはフユに対して敵意を持つ理由がありません。会ったこともないでしょうから」
フユは口に指を当て、少し考えた。
「そのAIが、カグヤ・コートライト?」
その問いかけに、ファランヴェールが困った顔を見せる。
「宇宙船に搭載されたAIには、複数の人格が与えられました。物事を判断するのに、一面的にならないように、と。『カグヤ』はそのうちの一つにすぎません。だから中にいるのが『カグヤ』だとは断言できないのです。ただ、いずれにせよ、フユに敵意を持っているとは」
ファランヴェールがそこで言葉を切る。彼も判断つきかねているようだ。
「ヘイゼル、まだ感じる?」
「うん」
「でも、敵意があるからと言って襲ってくるとは限らない」
「……そうだけど」
ここでヘイゼルの口調が少し揺れる。
「ファル、開けて」
フユの言葉に、ヘイゼルがすぐ抗議する。しかしフユはヘイゼルの口に指をあてて制止した。
「いいのですか」
「ここまで来て戻るのもね。十分に警戒して」
「分かりました。では」
ファランヴェールが壁に手を当てる。それが音もなく左右へとスライドした。
中は、暗い。
先にファランヴェール、そしてフユをかばうようにヘイゼル、その後にフユが中へと入った。
生活感のない、無機的な機械の匂いがフユの鼻をくすぐる。と、フォンという音がして、照明に光が入った。
一瞬フユはその眩しさに目を閉じる。うっすらと目を開けると、明るい光の中、そこにはたくさんのモニターが並んでいて、その一つに電源が入っている。そのモニターの前に人影があった。その影が振り向く。
短く刈り込んだ赤い髪。メタリックな光沢を放つ銀色のジャケット。体のラインがくっきりと浮かび上がるほどにタイトな白いロングパンツを履いたバイオロイドが、フユを鋭い視線で見つめていた。
「博士の屋敷にいたバイオロイド……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます