3 新たなる指令
ラウレの口調は、誰が聞いても「冗談」にしか聞こえないものだった。いや、鼻から相手を困らせるためのもの、というべきか。
だからだろうか、フユは反対に何か引っかかるようなものを感じ、ラウレの目を見た。暗赤色の瞳には、どこか陰りがある。
「カルディナの言う通り、コンダクターとエイダーはまさに『命を懸けた』関係だよ。僕は君のことをよく知らないし、君もそうだよね」
だから、それに軽々しく返事などできない――
フユが言外に込めたニュアンスを、ラウレはフフンと鼻で笑った。
「あのロータス君に平気で平手を食らわせられる生徒は、この学校にそうそういるもんじゃないだろうねぇ。なのに君ときたら、顔に似合わず……面白いじゃないか。この僕のパートナーにぴったりだ」
「暴力的、とは取らないのかな。君にも暴力をふるうかもしれない」
フユは脅しにも似た言葉で、探りを入れる。
「へぇ、リオンディ君はバイオロイドが人間に対して抵抗できないのを知っていて、なおバイオロイドに手を上げるような人間なのかい?」
ラウレが、あごに手を当て、フユの瞳を覗き込む。まるで探り返すように。
しかし、それを意に介さずに、自分の瞳を凝視しつづけるフユの視線に、ラウレは少し当てが外れたような表情を見せた。
「時と場合によりけり、だね。もし君がまじめに訓練を受け、持っている能力をちゃんと見せてくれるのなら、パートナーに指名してもいいよ」
そのフユの答えに、ラウレは更に眉を顰める。フユとラウレ、互いの瞳を見つめたまましばらく動きを止めていた。
ラウレは、来年の選抜会が最後のチャンスだろう。フユはそれを知っている。しかし、ラウレの態度にはそのような焦りなり必死さは伝わってこない。
何を考えているのか、フユには分からなかった。
「冗談だよ。忘れてくれたまえ」
そう言うとラウレは、フユから視線をそらしてしまう。ラウレの言葉の何が冗談なのかをフユは訊こうとしたのだが、そこで別の方向から声をかけられた。
「どうかしたのか」
理事長室から戻ってきたファランヴェールだ。フユは「いえ、何も」と答えた後で、理事長に直訴すると言って去っていったカルディナのことを思い出した。それをファランヴェールに伝える。
ファランヴェールは一つため息をついたあと、「そのことは理事長に任せよう」と言った。
その後、訓練用の建物の中に入っていたヘイゼルとエンゲージにも、訓練の一旦中止が伝えられ、皆が建物の外へと集められる。
ヘイゼルはファランヴェールの姿を目にすると、露骨に嫌な顔を見せ、フユの腕にしがみ付いた。
「何しに来たの」
現場に出た暁には、しばらくの間ファランヴェールがフユたちの指揮を執ることになっている。経験を積んだ時点で、三人のうちの誰かがリーダーに指名される予定だ。
その話を聞いた時、ヘイゼルは、ファランヴェールがフユに付くことになるという話を聞いた時と同じくらい嫌な顔をしたものである。
それは、懲罰室に入れられていた過去を思い出して……というよりは、ファランヴェールがフユと一緒にいることが耐えられないからといったところだろう。
「ヘイゼル、言葉」
そう言ってフユがヘイゼルをたしなめるのを、ファランヴェールは「構わない」と一言で済ませた。
「みんな、聞いてほしい」
改まった様子のファランヴェールを見て、クールーンが首をかしげる。
「ロータス君がいませんが」
「ああ、彼にはあとで私から伝えておく。明日以降、クエンレン救助隊に出動要請があった場合、現場が都市部なら、我々も同行することになった。以上だ」
そう言うとファランヴェールは、集まっていた者の顔を見回した。
一瞬、フユにはその言葉の意味が理解できなかった。それはクールーンも同じだったようだ。カルディナがいれば、きっとすぐにでもファランヴェールに嚙みつきだしただろう。
「早すぎるよ。現場に出られるような錬度には達してないと思うんだけど……オレ以外、だけどね」
エンゲージが少年のような、しかし堂々とした声で異を唱えた。別にエンゲージが他のものを馬鹿にしているわけではなく、実際、その通りなのだ。
「救助活動には参加しない。しばらくは現場を見るのが目的になる。もちろん、できることがあれば手伝う形にはなるが」
そう答えたファランヴェールであったが、その言葉はどこか歯切れの悪いものだ。
「なぜそんな急に」
フユが尋ねる。訓練の一環なのだろうが、それにしてはエンゲージの言う通り、時期尚早に過ぎるのだ。
「政府からの要請でね」
ファランヴェールが困ったような顔をして、首を軽く横に傾けた。理事長にとっても、テロ災害専門部署の整備をそこまで急がされることは想定外だったらしい。
「政府は今後、テロ災害が増えると見ているようだ」
ファランヴェールが、フユを見つめ表情を曇らせる。ヘイゼルが、まるでフユを取られまいとするように間に割って入ったが、その敵意に満ちたヘイゼルを、表情を変えないままにファランヴェールが見つめていたのが、フユには印象的だった。
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