2 問題発生


「いい加減にしろよ!」


 突然、辺りに鋭い怒号が響き渡った。室内訓練用の建物の外、一向に動こうとしない赤毛のバイオロイド、イザヨ・クエル・ラウレに対し、普段あまり感情を見せないはずのカルディナが珍しくかみついている。

 しかし、怒鳴られた当のラウレは、涼しい顔のまま、頬にかかるように跳ねた髪の毛を人差し指にくるくると巻き付けていた。セーラー型のスクールウェアは、上着もズボンもまるで汚れていない。


「そうかっかすると、体に悪いんじゃないかい」


 ラウレの口調はまったりとした感じだが、それがカルディナの神経を余計に逆なでしているようだ。


「お前のせいだろ! なぜ探さない」

「この僕に、そんなことをしろと? 冗談じゃないね。そんなことはコフィンにやらせればいい。レス・タイプのほうが探知には向いている」


 ラウレは顔を軽く背けると、やれやれというように両手を上に向けた。


 今、フユたちは建物の中に設置された時限爆弾の捜索訓練をしている。もちろん、訓練用の模擬爆弾であるが、様々な電波が飛び交う中で時限装置の出す電磁波を探り当てるのが今バイオロイドたちに課せられている任務の内容だった。


 フユは、建物の中にいるヘイゼルと通信していたが、ちょっとした騒ぎに気付き、耳からインカムを外す。


「コフィンはさっきやった」

「じゃあ、この僕がやる必要はないね」

「そういう問題じゃない!」


 カルディナとラウレの言い合いは――と言っても、怒鳴っているのはカルディナだけなのだが――激しさを増している。


「カルディナ、落ち着いて」


 見るに見かねて、フユは二人の間に割って入ることにした。しかしカルディナは収まるどころではなかった。


「こいつは怠けているだけだ。しかし現場に行けば、それが命取りになる。こいつだけじゃない。周り全員の命が、だ」


 ラウレの目を見つめ、そして視線を外さず、指をさす。


「こいつがどうなろうが知ったことじゃない。しかしそのせいで、俺が危険にさらされるのは、ごめんだ」

「でも、カルディナがラウレの担当なんだし、それを何とかするのが」


 とりあえず口にしてみたフユの言葉が、さらに事態を悪化させた。カルディナの怒りの矛先が、フユへと向けられてしまう。


「フユはいいよな。手のかからないファランヴェールが付いたんだから。クールーンもそうだ。自分で選んだ。なぜ俺だけ、こんな奴を押し付けられる」

「そ、それは、理事長が」

「俺は、こんな『不良品』の担当にしてくれと頼んだ覚えはないぞ」


 カルディナが吐き捨てるようにそう言った瞬間、彼の頬にフユの平手が飛んだ。


「バイオロイドに、不良品なんかいない」


 そしてフユは、押し殺したような声で、そうつぶやいた。

 カルディナが驚いた表情でフユを見る。そのフユの目を見て、カルディナはバツが悪そうに視線をそらした。


「やってられるかよ。こいつの担当から外してもらうよう理事長に直訴してくる」


 カルディナが踵を返し、校舎の方へと歩き出す。


「カルディナ」

「文句があるなら、フユ、お前がそいつの面倒見ろよ。俺はもう知らん」


 そう言い残して去っていくカルディナの後ろ姿にフユは何度か声をかけたが、カルディナが振り向くことはもうない。

 カルディナの姿が見えなくなると、ラウレは大きな声で笑い出した。


「あっはっは。『不良品』、ね。傑作じゃないか。この僕をそういう目で見ているのが、彼の態度からプンプンとにおってきてたよ。中間テストの成績が振るわなかったのも、まるでこの僕のせいだと言わんばかりだったしねぇ」


 秋の中間テストの総合成績はフユが一位でクールーンが二位、カルディナは実技試験が足を引っ張り三位に終わった。

 その試験自体はコフィンと組んでのものだったが、普段の訓練でラウレのほうに時間を取られてしまい、コフィンとの連携がうまくいかなかったのが原因だったようだ。

 テロ災害専門化が設置された後、クールーンも特待生になっていて、三位になったからと言ってもうカルディナが特待生の資格を失うことはない。しかしカルディナにとってみればその順位はショックだったのだろう。


「カルディナの言葉は不適切だった。でも、君の態度も褒められたものじゃないと思うよ」


 フユはラウレの方に向き、そう諫める。しかしラウレは、その表情に薄ら笑いを浮かべた。 


「へぇ、だから? 別に褒められようとは思っていないし、あのような訓練、この僕に必要ないのは事実だよ、フユ・リオンディ君」


 ラウレはそう言いながら、腕を組み、顎を軽く上に向けた。


「エイダーとコンダクターは固い信頼関係でつながらないと、カルディナの言う通り、命にかかわる事態になる」

「そうだとも。この僕だって、あんな人間をパートナーとして受け入れた覚えはないからねぇ」


 フユの言葉に、ラウレは顔を背けながらそう返した。

 カルディナもそうであったが、そう言われてしまうとフユには返す言葉がない。理事長が、一体何を考えてラウレをカルディナに付けたのか、フユにはいまだに謎だった。


「でも君だって、この学校に居続けようと思うのなら、今のままではだめだろう。どうすれば君は、命令に従ってくれるんだい」


 解決方法が無いのなら、本人に聞いてみればいい。フユはふとそう思いついて、ラウレに尋ねてみた。

 それを聞いてラウレは、視線だけをフユに向ける。


「そうだね。君が、この僕を正式なパートナーとして指名してくれるのなら、言うことを聞こうじゃないか。もちろん、君の命令だけだがねぇ」


 そう言うとラウレは、口元に軽い笑みを浮かべた。

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