26 曲がり角でぶつかると

 フユの実家には今、週に二回ほど、ウェストギア・セル・エレンディーナという女性型のバイオロイドがハウスキーパーとして来ている。

 元々エイダーだったのだが、足の損傷により現場に出られなくなったため、この仕事に回されたそうだ。入院中に初めて紹介された時、フユに向けて丁寧に挨拶をするさまには、足の損傷を感じさせる動きは無かったのだが、激しい運動は無理らしい。


 フユの入院中に、フユの実家は勝手に孤児支援事業局の管理下に置かれていたのだが、フユはそれを何とも思わなかった。親戚もいなかったし、全寮制のクエンレン教導学校に進学することを決めたフユに、実家に残るという選択肢は無かったからだ。


 しかしこの日、家には誰もいなかった。エレンディーナの来る日では無かったのだろう。


 大きな荷物は、既に学生寮であるコンドミニアムに送り、運び入れてある。フユは、持ち出しそびれていた細々としたものを、自分の部屋から選ぶことにした。

 フユの部屋にあったものは、何も当局には押収されていなかったのだが、事前にフユが思っていたほど、学校に持っていくべきものは多くなく、持ってきたリュックに収まる程度の量で済んでしまった。


 ただ、フユが最後まで学校に持っていくかどうか迷っていたものが、机の上に残っている。父親と母親、そしてフユの三人で撮った写真だった。

 まだ幼児と呼べるほど小さなフユを真ん中に、無表情の父親とにこやかに笑う母親が写っている。両親ともに忙しい日々の中、初めて海に連れて行ってもらった時のものだったが、家族旅行はそれが最初で最後になってしまった。


 この写真を見ると、もう両親がこの世にいないことを否が応でも思い出しそうである。拳を握り、フユは一旦そのまま部屋を出たが、すぐに戻り、結局、そのフォトフレームをリュックの中へと押し込んだ。


 また明日から学校が始まる。実家に泊まる余裕もその気もない。フユは遅めの昼ご飯をガランダ・シティで取ることにし、外で待たせていた無人ハイヤーに乗った。


 疾走するハイヤーが住宅街を抜けると、しばらく荒野とも言える景色が続く。しかし四車線の幹線道路には防風壁が設置されていて、車内からはそれが見えるだけである。

 昨日の夜の雨で、空は透き通った濃い青色をしているが、オーロラは見えない。手持無沙汰な車内の時間が二〇分ほど続いた後、フユはようやくガランダに到着した。


 フユの実家のあるウェークは住宅街であり、個人経営のお店が点在している地域だが、ガランダは行政、商業、交通、全ての中心地になっているため、人も店も多い。しかし施設の大半は地下街に存在している。


 ターミナルでハイヤーを降りた後、フユは地下の商業施設へと向かった。

 ガランダの地下街はちょっとした迷宮のようであり、迷子になり脱出できなくなるという事案が毎日何件も発生するという。だから道案内ロボットが各階に稼働している。

 フユはその一体に、軽い食事ができる場所を尋ねてみた。検索条件が曖昧過ぎて候補がたくさんあると言われたため、「一番近いサンドイッチ屋」と訊き直す。ロボットが提示した情報を携帯端末に保存し、フユはそれを見ながら歩き出した。


 地下街は人で溢れ返っている。その中に何体かのバイオロイドが混じっているのを見ることができるが、それが見て分かるのは、バイオロイドが人間とは異なる色、赤や青そして緑色の髪を持つからであろう。


 情報端末を見ながら、行き交う人波を避けて歩くのは意外に難しい。かといって、やや広さのある地下道の両側は、様々なお店が立ち並んでいるため、壁際を歩くという方法も取ることができない。


 とりあえず十字路まで来たところで端末を見ると、左折して直ぐという表示が出たので、フユは人の流れから逃げるように角を左に曲がる。


 と、ドンという衝撃を感じた。何かにぶつかったのだ。

 その衝撃に耐えられず、フユはバランスを崩してしまう。そのフユを、力強い腕が抱きかかえた。


 ゆったりとした白いノースリーブのシャツに、フユの顔が押し付けられる。シトラスの香りが仄かに漂った。


「す、すみません」


 フユが慌てて顔を上げる。そこで、フユを支えてくれた相手と目が合った。実物は一度だけしか見たことはないが、写真では何度も目にしたことのある海の色にも似た青い瞳が綺麗だ。

 淡いピンクのシャドーが切れ長の目尻を縁取り、長いまつ毛はカーラーでアップされている。その上では線で引いたように、金色の眉毛が少し上がり気味に流れていた。

 金色のミドルヘアの前髪が額を隠していて、そのサイドはシャープなあごのラインに沿って、首元にかかっている。


(綺麗な、女の人)


 フユがそう思った瞬間、相手の表情が驚愕のものへと変わり、ピンク色の唇が動いた。


「げっ、なんでお前がここにいるんだよ」


 その声は、カルディナのものだった。

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