12 全てを排除する

 クエンレン教導学校の野外訓練場は、学校に隣接しているが、その敷地の広さは五キロメートル四方にも及ぶ。しかもその中に、標高九〇〇メートルに達する山を二つ含んでいるため、起伏のある山林地帯になっていた。

 人間の足ならば訓練場を端から端まで横切るだけでも数時間を要してしまうが、バイオロイドならば一時間とかからない。


 事前説明が終わると、生徒たちは準備室に用意された訓練用装備を身に着ける。フユもヘイゼルを連れて準備室へと入った。

 装備は、防護兼運動補助用のプロテクタースーツ、帽子型のインカム、網膜投影型ディスプレイ付きゴーグル、そしてフード付きマントである。マントは学校が定めるもので、光沢を持ったムーンストーン色をしており、主にロスから降り注ぐ有害な電磁波を防ぐ日傘の役割を果たすものだった。


 フユが装備を一つずつ身に着けている間、ヘイゼルは居心地が悪そうに傍に立っていた。近くで準備している他の生徒たちが、時折、眉をひそめてヘイゼル、そしてフユを見る。その度にヘイゼルは身を固くしたが、しかしフユは一向に気にしなかった。

 準備を終え、フユがマントを羽織ると、ヘイゼルが不安げにフユを見つめた。フユがまた、ヘイゼルに笑顔を向ける。


 バイオロイドたちには特段の準備も装備もない。ヘイゼルの灰色の長い髪の横からは先が二つに分かれた細長い耳が伸びているが、彼らはこの耳で様々な波長の電磁波を聞き分け、そして発信することができるのだ。

 フユがインカムで雑音の少ない周波数を探し始めた。


「ヘイゼル、どう?」


 そしてインカムに話しかける。瞬間、ヘイゼルの体がびくっと震えた。その後すぐに、インカムのスピーカーから『ヤー』という機械音声が流れる。


「もう少し、色々しゃべって見て」


 傍で話しているので、そのままの声も聞こえているはずだ。だからフユの言葉が電磁波としてどのようにヘイゼルに届いているのか、フユには確かめようがない。それは後々ということにして、とりあえずヘイゼルの言葉がフユのインカムにどう聞こえるのか試しておく必要があった。


『フユ、ゴメンナサイ』


 インカムから再び電子音声が聞こえた。しかしヘイゼルの口は動いていない。こうしてバイオロイドが行う『通信』を間近で見ても、その不思議な能力はフユにとって不可思議なものでしかなかった。


「ほら、謝らないで」


 フユは思わずふっと息をついてしまう。こんな調子で本当にまともな訓練になるのか、少し不安になった。


「二人とも、共同訓練は初めてだね。調子はどうかな」


 突然後ろから声がかかる。驚いてフユが振り向くと、更衣室の出入り口に長身のバイオロイド、ファランヴェールが立っていた。驚いたことに、いつもの制服ではなく、野外用のスクールウェアを着ている。


「はい、少し不安ですが……どうしてここに」

「普通、初めて共同訓練を行う生徒は、すでにその経験のあるバイオロイドをパートナーにするのだが、君たちはどちらも初体験だから心配になってね。様子を見に来たのだよ」


 そう言うと、ファランヴェールはフユの傍へとやってきた。


「そうですか。ありがとうございます」


 フユは礼を言い、軽く頭を下げる。しかしそこでふと疑問に思った。


(なら、なぜファランヴェールは真っ先に僕をヘイゼルのところへ連れて行ったのだろう。経験のあるバイオロイドのところでもよかったのに)


 確かにファランヴェールの言う通り、フユにしてもヘイゼルにしても共同訓練について何も経験がない。離れたところにいれば、果たしてまともに通信できるかどうかも不安である。

 

 顔を上げ、ファランヴェールを見る。穏やかな表情でフユを見る様子には、何か腹の中に思うことがある……ような気配は感じられなかった。

 フユの横では、ヘイゼルがさっきまでの不安げな様子とは打って変わって、ファランヴェールを噛みつかんばかりに睨みつけている。


「ヘイゼル」


 フユがたしなめると、ヘイゼルは不満げに鼻を鳴らし、そっぽを向いてしまった。


「今日の訓練の結果は、成績に入るものではない。色々、試してみると良い」


 ファランヴェールは、苦笑交じりにそう言うと、右手をフユの肩へと置こうとする。その瞬間、ヘイゼルの右手がファランヴェールの手をはたき落とした。


「ヘイゼル!」


 フユが驚きとも叱咤ともつかない声を上げる。しかしヘイゼルは、ファランヴェールを睨みつけたままでいた。


「随分と嫌われたものだな。それではまるで」


 ファランヴェールはそこまで言いかけて、しかし途中で言葉を止めた。


「すみません」


 フユが二度、頭を下げる。しかしファランヴェールはそれに軽く首を振って応えると、「がんばって」と軽く手を上げ、去っていった。

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