13 対象と認識

「いくらなんでも失礼すぎるよ、ヘイゼル」


 ファランヴェールが準備室を出て行くや否や、フユがヘイゼルをたしなめる。しかしヘイゼルは、あり得ないといった表情でフユを見つめた。


「フユは……ボクじゃなくて、あいつの味方をするの?」


 もちろんフユにとってこれは、敵味方という問題ではない。自然、戸惑いを覚えずにはいられなかった。


「いや、そうじゃなくて」

「フユは、いつでもボクの味方でいてくれるよね?」


 ヘイゼルの手が、フユの両肩に載せられる。ヘイゼルの口元には僅かな微笑みが浮かんでいるが、目は笑っていなかった。


「ヘイゼル、僕と一緒にいたいのなら、ルールや礼儀は守らないと」

「なぜ?」


 フユはさらに諭すように話しかけるが、ヘイゼルはその言葉を一向に受け入れようとはしない。フユの戸惑いが、少しずつ焦りへと変わっていく。


「よお」


 突然、後ろから声を掛けられた。準備を終えたカルディナが、青い髪のバイオロイド、コフィンと一緒に立っている。顔にはいつもの銀縁眼鏡ではなく、ゴーグルが掛かっていた。


「まだ訓練は始まってもいないのに、もう喧嘩か」

「い、いや、そんなんじゃないよ」

「今日の訓練自体は成績には入らないが、どのみち直ぐに実技テストがある。それを考えて訓練に臨まないと、足元すくわれるぞ。俺たちは二位以内の成績を維持しなきゃ、特待生をクビになるんだからな」


 カルディナが右手の親指を立て、それで自分の首を切る仕草をする。


「忠告ありがとう。分かってるよ」


 フユは肩に置かれていたヘイゼルの手を取り、下へと下げた。しかしその手はヘイゼルの手を握ったままだ。


「ま、せいぜいがんばれ。今のとこ、危ないのは俺じゃなく、お前だ。俺は『避雷針』さえあれば、それがお前であろうが無かろうが、どっちでもいいからな」


 カルディナには遠慮というものがないのだろう。その分、裏表がないと言えるが、そのカルディナの物言いにフユは苦笑いで応じた。


「肝に銘じておくよ」

「ま、今回は俺も、エンゲージのお手並み拝見といかせてもらうさ。先に行くぞ」


 そう言いながら、カルディナはふとヘイゼルを見る。しかしその視線は、ヘイゼルの目ではなく、服に注がれていた。

 その視線に気付いたヘイゼルが、びくっと体を震わせる。それが手を握っているフユにも伝わった。

 カルディナがすぐに視線を外す。しかし、その表情は飄々としたまま変わらない。カルディナはコフィンに声を掛けると、何かを話しながら準備室を出て行った。


 彼の反応は他の生徒とは明らかに違ったが、かといって何を考えているのか、フユには判らない。捉えどころがないという感じだ。

 フユがヘイゼルに視線を戻すと、ヘイゼルはまだカルディナが出ていった扉口を見つめている。


「どうしたの?」


 フユがそう尋ねると、ヘイゼルは少し驚いた様子でフユを見て、首を軽く左右に振った。


「なんでも。ただ、なんだかボクを見る目が、他の人とは違う気が」

「どういう風に?」

「えっと、なんだろう、『変』だとは思ってないような」


 ヘイゼルが口元に指を当てて、視線を上に向けながら答える。フユは思わず、「なるほど」とつぶやいた。

 ヘイゼルは、ブリーフィングルームに入った時に浴びせられた視線と、自分に向けられたカルディナの視線を比べたのだろう。言われてみればその通りであるように、フユにも思われた。


「そうかもだね。とりあえず、僕たちも行こう」


 フユはヘイゼルの手を取り、扉口の方へと引っ張る。準備室にはもうフユとヘイゼルしか残っていない。


「ね、ねえ、フユ」


 しかしヘイゼルが、フユの手を引っ張り返す。


「なに?」

「あの、あのね、本当にボク、変じゃないかな」 


 ヘイゼルはまた下を向いてしまった。灰色の長い髪が、その表情を隠してしまう。


「似合ってるよ」


 フユは手を伸ばし、その髪を撫でる。ヘイゼルが上目遣いでフユを見た。


「一緒にいて、嫌じゃない?」

「もちろん」


 フユの答え、そしてその表情にヘイゼルはやっと安心したのか、硬くしていた表情を緩めた。


「ほら、早く」

「うん」


 そうして二人は、ようやく準備室を後にした。

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