14 訓練開始
共同訓練を指導するのは、ブリーフィングルームで説明を行っていたトレーナーである。彼はコンダクターの資格を持っていて、彼が指揮する一体のエイダーと、今日は特別にファランヴェールが、指導の補助に来ていた。
訓練の初めは、学校に近い方の山の頂へとバイオロイドとともに移動するというものだった。通常は一時間以上かかる距離だが、プロテクタースーツが運動の補助をしてくれるため、十代半ばという年齢の生徒達の足でも二〇分ほど、バイオロイドなら一〇分という行程である。
しかし先日まで入院していたフユにとっては、そんな生ぬるいものではなかった。
スタートしてすぐは、まだ良かったのだ。ヘイゼルはまるでフユと散歩を楽しむかのように、軽く歌を口ずさみながら、岩を軽々と飛び越えていく。山頂までのルートは自由ということだったので、生徒たちは皆思い思いのルートで登っている。結果、フユとヘイゼルの二人以外、近くに人はいなかった。そのことが、ヘイゼルをさらに舞い上がらせているようだった。
ヘイゼルの動きは優雅である。跳び上がるたびに、身に纏う黒いドレスがふわりと浮き上がる。それがまるで天使の羽のように見え、フユは目を奪われてしまった。ヘイゼルは、フユのそんな姿を見て恥ずかしそうにはにかむのだが、まるで自分の姿をフユに見せるかのように、すぐにまた岩から岩へと飛び移っていく。
そんなヘイゼルを一生懸命追いかけたからだろうか、フユはいつの間にか、自分の体力に気を配るのを怠ってしまっていたのだ。
山の中腹まで来たところで、フユは思った以上に自分の息が上がっていることに気が付いた。
プロテクタースーツは、動きの補助やパワーの増幅を行ってはくれるが、結局、基本的なスタミナは自分が持っているものしかない。
ついこの間までフユはリハビリをしていた身である。運動機能はある程度回復していても、スタミナは余り回復していないようだった。しかも羽織っているフード付きマントは、思いの外、運動の邪魔になっている。
(体が……重い)
そしてとうとう、フユの足が止まってしまった。
ヘイゼルはそれに気づかず崖を登っていったが、崖の下でフユがうずくまっているのに気づき、慌てて崖を飛び降りた。風圧で、ヘイゼルの髪とドレスの裾が後ろへとなびく。トンと両足で着地すると、フユのところへと戻ってきた。
「フユ、大丈夫?」
ヘイゼルが、心配そうにフユの顔を覗き込む。
「大丈夫、少し息を入れたら、元に戻るよ」
「ボクが、気を付けずにどんどん行ってしまったから……」
「いや、関係ない。大丈夫、さあ、進もう」
ヘイゼルがフユを抱えようとしたが、フユはその手を振り払った。
フユが選んだルートは最短距離の道なき道である。遠回りをしてでも、もう少し楽なルートを選べばよかったかもしれないという思いがフユの頭をよぎる。しかし、今それを考えても仕方のないことなのだ。
フユがゆっくりと立ち上がる。しかし、足元がおぼつかず、倒れそうになるのを、ヘイゼルが慌てて抱きとめた。
「ダメだよ、無理したら。体力が回復するまで、ボクが負ぶっていくから」
そう言うとヘイゼルは、フユに背中に見せ、おんぶする為にしゃがんでみせる。しかしフユは、ヘイゼルの腕を掴むと、強く引っ張り、ヘイゼルを立たせた。
「いいから。先に進んで、ヘイゼル」
ゴーグル越しにヘイゼルを見つめるフユの視線は、ヘイゼルがさっきまで見ていたものとはまるで別物になっている。怒るような、突き放すような目。
「でも」
「いいから」
「だって」
「早く」
「フユが」
「進むんだ、ヘイゼル!」
とうとう、怒号にも似た声がフユから発せられた。
ヘイゼルの口が、なぜという風に動く。しかし音は出てこない。ヘイゼルにはフユがそのような態度を見せる理由が理解できないようだった。
さっきまで、あんなにボクを見つめてくれていたのに。一体ボクが何をしたのか、フユはなぜ怒っているのか――
ヘイゼルは一瞬目を伏せ、きゅっと唇を噛むと、切なそうな表情を残し、また崖を跳ねるように登っていく。
フユはそれを見届けると、一つ深呼吸をし、両手両足を使って登り始めた。
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