12 ビルの主

 フユたちが乗った救助隊輸送機『ポーター』が現場が着いた時にも、まだ火災は収まってはいなかった。


 フユが見つめているモニターにはビルの情報が表示されている。シティの中心部の外縁を取り巻くように点在する住宅エリアの一つにほど近い場所に建つビルで、地上部が五階、それに対し地下は二階しかない。


 ネオアースの一般的な建築物は、降り注ぐ宇宙線の影響を最小限にするために地下を中心に建てられる。住居用ならば地上と地下で一階ずつ、商用ならばさらに地下の階が増えるのが普通である。


「変わった建物だな。何に使っているんだ?」


 フユの向かい、モニターの向こう側に座るカルディナがそのデータを見て思わずそうこぼした。ビルの情報には、持ち主の名前が載っているだけで、用途などについてのものはない。それはつまり、登録がなされていないとうことであり、通常「一般住居」とみなされる。


「居住用ビルには見えないね。地上部分は何かの倉庫かな」


 カルディナの言葉にフユがそう返す。倉庫ならば搬入出の都合上、地上に作られる場合が多いのだ。


「あれは研究所だよ」


 突然、フユとカルディナの会話にねっとりと絡みつくような声が割って入ってきた。フユが振り向くと、ラウレが壁に設置された大型スクリーンを見つめている。フユたちが見ているのと同じ情報がそこに映し出されているのだ。ラウレの顔にはいつもどおり冷めたような笑いが浮かんでいた。


「なぜ分かる」


 カルディナが怪訝な表情で問いかける。


「そりゃ、この僕が生まれた場所だからねぇ」


 ラウレはスクリーンから視線を外すことなくそう答えた。


 一体何を言っているのか、この瞬間に瞬時に理解した者は発言した本人以外誰もいなかっただろう。ポーターの中はしばらくの間、ただモーター音が低くうなるだけの空間になった。


 その沈黙を破ったのは、スピーカーから聞こえてきたエタンダールの指示だった。


『先に現場に入っていた第三小隊が地下二階に到達したそうだ。現在被災者がいないかどうか捜索中。今のところ誰も発見できていない。地上の二階から上は火の手が激しく捜索ができていない。第三小隊が捜索を終えた時点で消火活動が始まる。我々は付近の警戒、並びに被災者が外にいないかどうかの確認を行う。建物の中には入るな。以上だ』


 プツっという電子音の後、スピーカーはもう何の音も出さなくなった。


「イザヨ・クレアの研究所なのか」


 カルディナがラウレに問いかける。ラウレはそれに何か短く答えたようだが、その声はポーターの後方部のハッチが開く機械音によって消されてしまった。


 カルディナはもう一度聞き返したが、ラウレはただ「後で分かるさ」と言い残すと、誰よりも先にポーターを出て行った。


「ファル」


 フユがファランヴェールに声をかける。


「行ってまいります、マスター」


 そう言うとファランヴェールは、相変わらず視点の定まらない様子で動かずにいたコフィンを促し、ポーターの外へと出て行った。


 フユがモニターへと視線を戻す。


「おい、『マスター』ってなんだよ」


 カルディナが不思議そうに声をかけたのに対し、フユはただ笑って「後でね」と答えた。

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