3 寝室にて①

「ヘイゼル、君を作ったのは」


 フユはもう一度、ヘイゼルに製作者について尋ねようとしたのだが、ドアの開く音が聞こえたため、言葉を止めた。音がしたのは、敷居で隔てられた隣、もしくはさらにその隣の屋上テラスようである。

 その音がフユに、ヘイゼルが置かれている危険な状況を思い出させた。


 今日は星は出ているが、オーロラの光は見えない。赤色矮星ロスのフレア活動期にあたるのがネオアースの夏なのだが、その分、オーロラは夏に多く発生する。しかしこの時期にしては珍しく、今日はロスから発せられるプラズマの量が少ないようだ。

 オーロラが激しく舞う日は電子機器に不具合が発生しやすいため、作業をするにしても部屋の中でするのが一般的なのだが、その心配のない今夜は、涼みがてら屋上テラスで作業する生徒がいてもおかしくはない。フユがそうだったのだから。


 フユは、何か言おうとしたヘイゼルに向けて、人差し指を自分の口に当てて見せた。

 ヘイゼルはこの学校の規則というものを完全に無視しているようだ。規定時間外でのバイオロイドからの生徒への接触は禁止されている。見つかれば、ヘイゼルはまた懲罰室での謹慎処分を受けることになるだろう。


 フユがいきなりヘイゼルの手を握る。その手の少しひんやりとした感触にフユは少しはっとしたが、一つ頭を振ると、呆気にとられるヘイゼルを連れ、コンドミニアムの中へと入った。


 生徒が自身のコンドミニアムに担当でもないバイオロイドを招き入れることも、規則で禁止されている。それはフユにも分かっていたし、ヘイゼルも知識としては知っていた。


「フユ、駄目だよ」


 ヘイゼルが、自分のことを棚に上げたような言葉を口にする。しかし、フユの手に導かれるのを止めようとはしなかった。階段を降り、フユがヘイゼルをコンドミニアムの地下一階、自分の寝室へと連れて行く。


 寝室は地下にあるためもちろん窓はないが、ただ寝るための部屋というだけでなく、何かしら大災害がこの場所を襲った時、救出されるのを待つためのシェルターとしての役目も持っている。防音にも優れていた。


 部屋に入ったところで、フユがヘイゼルの手を離す。それを名残惜しそうに見つつも、ヘイゼルは自分の連れてこられた場所を確認し、そして顔を真っ赤にした。


「ね、ねえフユ。きゅ、急すぎて、ボクも驚いてるけど、も、もしフユがそうしたいっていうのなら、ボ、ボクは、いいよ」


 うつむき、そして少し乱れたドレスの肩や裾を直しだす。何かを誤解しているのだろう。しかしフユは、その誤解に気が付かなかった。


「どうしてここに来たんだ。見つかれば、処罰されるんだよ!」


 フユの言葉に強い怒りが混じっているのに気づき、ヘイゼルは顔を上げた。怒られている理由が分からないといった様子だ。


「どうしてって、だから、フユに会うために……」


 部屋の照明の下では、ヘイゼルの姿がよく見える。爆破現場のホテルでも、学校の敷地でも、そしてトレーニングルームでも、できなかったことだった。

 灰色の髪は艶やかに輝いていて、髪の間から見える耳には耳たぶはなく、その代わりに二つに分かれ後ろへと伸びている。

 長いまつ毛の下では大きく丸い目が少し怯えるように見開かれ、その真ん中で漆黒の瞳が揺れていた。陶器のような白い肌とは、あまりにも対照的すぎる。


 フユは、自分の言葉がヘイゼルを怯えさせたのだと気づき、慌てて口元を押さえた。


「ごめん、怒ったんじゃなくて、その、心配で」


 フユは少しだけ視線を落としたが、自然、ヘイゼルの黒いドレスの胸元がフユの目に入る。その瞬間、フユは言いようもない違和感を感じた。

 ヘイゼルの着ているドレスは、袖は短くスカートの丈は長い。どう見ても、救助活動の際に着るようなデザインとは思えなかった。

 しかし、フユが違和感を感じたのはその点ではない。漠然とした違和感。フユは、その正体がわかりそうで分からないもどかしさを感じた。

 渇望にも似た衝動で、その正体を知ろうと視線をヘイゼルの体に這わせる。しかし、フユの視線を感じたヘイゼルが慌ててまた胸元を隠してしまったため、それは叶わなかった。


「や、やっぱり、変、かな」


 ヘイゼルには、今自分が禁を犯しているという意識はないようだ。フユが自分をどう思っているか。ただそれだけを気にしている。


「いや、全然変じゃないよ。そうじゃなくて」


 実際、ヘイゼルにはそのドレスは驚くほどに似合っている。パーソナルウェアはそれを着るバイオロイドの為に仕立てられるものなのだから、それは当たり前のことなのだが――


 そこでフユは、心の中でもやもやと蠢いていた違和感の正体に気が付いた。ドレスの胸、ヘイゼルの細身で凹凸のない体にその部分だけが合っていない。わずかではあるが、女性の体に合うように膨らみが作られていた。

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