28 巻き込まれている
訳の分からないまま、フユはカルディナの姉だと名乗った女性に挨拶をする。それを待つのももどかしいように、カルディナが横から言葉を挟んだ。
「姉貴、あれ、まだ残ってるのか」
「サンドウィッチ? あなたの分がまだ残ってるわよ」
「んじゃあ、それ、貰うわ」
そう言うとカルディナは、フユを店の奥にある控室へと連れて行った。
「ね、ねえ、あのさ」
一体店の奥で何をするのか……フユが当惑した表情でカルディナに声を掛けようとしたが、カルディナはそれを遮るように、フユをパイプ椅子に座らせた。
部屋の中を見渡してみる。両側の壁にはロッカーと棚、冷蔵庫が設置されていて、人がようやくすれ違うことができる幅しかない。ロッカーや棚の上にはウィッグやカチューシャ、あと様々なアクセサリーが置かれている。
カルディナが冷蔵庫からランチボックスを一つ取り出し、フユの顔の前に突き出した。
「食べろよ、うまいから」
唖然とするフユをしり目に、カルディナがさっさと蓋を開け、中のものを取り出す。
「ほら」
カルディナが差し出したのは、綺麗な四角形に成形されたサンドウィッチだった。中身は、スクランブルエッグとハムとレタスだったが、それらが生み出すうまみがハーモニーとなってフユの口の中に広がる。
「おいしい……こんなの、初めて食べた」
「だろ。合成タンパクでできたカッスカスの食材じゃないぞ。本物の肉と卵だ」
「ほ、本物!?」
カルディナの言葉に、フユはさらに驚いてしまった。
ネオアースには遺伝子組み換えが行われた様々な家畜が持ち込まれているが、それらの食材はどうしても高価である。フユが普段食べるものと言えば、工場プラントで作られる合成タンパクや合成デンプンにそれっぽい味付けをした、肉のような何かやパンかパスタのような何かなのだ。
フユの手が止まる。齧ってしまった部分だけで、一体いくらになるのだろうか……
「店の常連さんが時々持ってきてくれるんだ。遠慮なく食べろよ」
カルディナにそう言われて、フユはサンドウィッチのひとかじりを何度も何度もかみしめた後、ゆっくりと飲み込んだ。
「ところで、ここは?」
「姉貴の店だ」
「お姉さん、ブティックを経営してるんだね」
「いや、ブティックじゃなくて、コーディネートサービス」
カルディナはそう答えたが、フユにはその違いがよくは分からなかった。
ランチボックスの中にあった六切れのサンドウィッチを、結局、フユとカルディナで半分ずつ食べた。フユは普段から小食であり、ランチとしての量的には足りてはいたのだが、その三切れであっても、フユが普段食べているものの値段からすれば何倍もしそうである。
「ご馳走様。とても美味しかったけど、いくら、かな」
「奢るって言っただろ。まあ、俺が買ったものじゃないし、気にすんな。紅茶でいいか? これは安物だけどな」
そう言ってカルディナがフユにアイスティーを出してくれた。それを二人で飲む。カルディナの口元がとても色っぽく見え、フユは少しおかしくなった。
「でだ、なあ、フユ」
フユが含み笑いをするのを不思議そうに見ながら、カルディナが声を掛けてくる。そのままフユの耳元に唇を寄せると、「このこと、誰にもしゃべるなよ」と囁いた。
別に脅すような声色ではない。ただただ、気恥ずかしいのだろう。
「言わないよ。でも、びっくりした。とても似合ってるし」
苦笑いでフユが応じる。そのフユの反応もカルディナにとっては不本意のようだ。
「これはな、趣味じゃなくて『本業』なんだよ」
「本業?」
「ああ、ちゃんとバイト代を貰ってる。姉貴のコーディネートした格好で、歩き回るんだよ。店の宣伝のためにな。動くマネキンだ」
それを聞いてフユは、思わず「なるほど」とつぶやいた。確かに、カルディナが腕に下げて歩いていた紙袋にはこの店のロゴが大きく書いてある。
しかしそれは副業であって、本業は学業の方では……とは、フユは言わなかった。
と、カルディナがフユの肩を抱き寄せる。
「な、何?」
化粧を施した、どこかいい匂いのするカルディナの顔を間近に感じ、フユの胸の鼓動が少し速くなった。
「サンドウィッチ、美味しかったか」
「う、うん」
「こないだ教えたこと、役に立ってるか」
「え、あ、うん」
「よし、じゃあ、俺の言うことを一つ聞け。約束したよな」
何となく嫌な予感がして、フユの顔が少しひきつる。
「な、何をすればいいのかな」
「姉貴が俺以外にも『モデル』を探してるんだよな」
そう言ってカルディナは、にやりと笑った。
「いや、ここ、女性用のお店だよね……」
「大丈夫、大丈夫」
一体何が大丈夫なのだろうと思いながらも、抵抗空しく、フユはカルディナに引きずられるように控室から連れ出される。
差し出された『生贄』を見たセフィシエは、「ほんとに? うれしいわ」と満面の笑みでフユを迎えると、そのまま店内の奥にあったテーブルの前に座らせた。
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