12 某所、某時刻


 ローテーブルとソファ。壁には何枚かの人物画が飾られた、ただそれだけの小さな応接室に、もう初老と呼べる年齢の小柄な男が入ってきた。

 クリーム色のスーツはぴっしりと着こなされているが、髪の毛は頭頂部で薄くなっていて、そこから裾広がりに白髪交じりの黒髪が伸びている。


「いかがでしたか、局長」


 応接室の窓際に立っていた男が、入ってきた男にそう声を掛けた。


 紺色のスーツを着ているが、どこかだらしない。ぼさぼさ頭に無精ひげ。一見昼行燈のようなとぼけた印象を受けるが、眼鏡の奥から覗く視線だけがやけにぎらぎらとしていた。


「あれはまた上玉じゃな。初々しい」


 初老の男――ガランダシティのバイオロイド管理局長ウィリス・シュマインがにやけながらソファに座る。眼鏡の男――クエンレン教導学校のバイオロイド管理部部長ゲルテ・ウォーレスはそれを確認した後、向かいのソファに座った。


「お気に召していただいたようで」


 そう言いながらローテーブルの横にあったパネルを操作し、応接室の窓のカーテンを閉める。


「足はつかないんじゃろうな」


 それを待って、シュマインが声を低くして尋ねた。


「もちろん。もうすでに登録は抹消してあります。データ上はこの世に存在しない『B』ですよ」

「まだ作られてからさほど経ってはおらんじゃろ。あんな『B』をどうやって」

「訓練中の事故で、使えなくなりましてね。どうも精神に異常をきたしてしまったようで、他の仕事にもつけない。『分子還元処理』される予定だったものです」

「精神に異常? そうは見えんかったが」

「恐怖症とでもいいますか。他のBを見るとパニックを起こしましてね」


 ウォーレスの話に、シュマインは肉欲とは別の興味を抱いたようだ。


「それはまた、どういう」


 そう尋ねたシュマインに対し、ウォーレスは目で合図しながら前へと乗り出す。シュマインはそれに耳を近づけた。ウォーレスがその耳に何かを囁く。


「博士の?」

「我々でもつかめない特殊能力を、埋め込んだようですな」


 ウォーレスが体を戻し、またソファへと身を沈めた。


「あれは何を考えているのか分からん。長官につくわけじゃないが、かといってこちらにつく気もないらしい。研究者じゃというに」


 シュマインは渋い顔をしながら、髭のない顎を指でこすった。


「行政長官がまた、何か考えてるとか」


 ウォーレスがそう尋ねると、シュマインがさらに苦い顔を見せる。


「Bの『分子還元処理』を禁止する法律を作ろうとしておる」

「なるほど、Bの生産に使う合成たんぱくの供給量を減らそうということですか。Bの生産量が減少しますな。長官は、不足する労働力をどうするつもりなんですかね」

「人間ができることは人間がやればいい、ということじゃろ」

「Bを減らそうということですか。解放戦線の狙い通りというわけですな。我々の仕事がなくなりそうです。もちろん局長、あなたの情事も」


 ウォーレスの言葉は、冗談とも脅しともとれたが、シュマインは一瞬いやな顔を見せただけだった。


「さすがに、その法律には議会が反対しとる。じゃが」

「なんです?」

「またBによる事件が起これば、さすがに議会も反対しにくくなるじゃろうて。そうなればもう、儂じゃどうにもできんようになる」

「行政長官と解放戦線。ここはつながりませんか」

「探らせてはおるんじゃが、なかなかしっぽを見せんのぉ。管理局の局員全員を洗い出せばいろいろわかるかもしれんが、表立って調べるわけにはいかんじゃて」

「相手のしっぽに目が行き過ぎて、ご自分のしっぽを掴まれないよう、ご注意を」

「そうじゃの。そっちの研究はどうじゃ」

「ここにきて少し進みそうです」

「そうか。まあ、気を付けるとしよう。互いにの」


 話はそこで終わりのようだった。

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