6 魂の呪縛②

「責めているわけじゃない。ヘイゼルも君と同じなのではないか。そう思って、ヘイゼルを引き受けた。ヘイゼルを調べれば、君の呪縛の正体も分かると思ったからなのだが……どうもヘイゼルは君とは違うようだ」


 そう言うと、キャノップはソファから立ち上がり、デスクの上の情報端末を覗き見た。


「何が違うのですか」


 ファランヴェールが、キャノップの仕草を目で追いながら、そう尋ねる。


「君が今のようになったのは、ミグラン社長に出会ってからだ。しかし、ヘイゼルは違う。フユ・リオンディと出会う前から彼を知っていた。ヘイゼルがしばしば学校を抜け出していたのは、フユ・リオンディを探すためであり、幸運にも彼を見つけ出し、そして偶然にも彼を助けた」


 キャノップが端末を操作する。何かを調べているようだ。そしてファランヴェールに向けて、傍に来るよう手招きをした。


「そんな、有り得ない」


 ファランヴェールが立ち上がり、情報端末を覗き込む。ディスプレイには、以前の学校時代も含め、ヘイゼルの過去の行動記録が表示されていた。

 脱走したヘイゼルの身が確保された箇所についての記録も残っている。キャノップはそれを地図に表示させたが、そのほとんどが、以前の学校ともクエンレン教導学校とも、そしてこの地方で一番の大都市であるガランダ・シティとも距離が離れた場所――何もありそうにない、郊外だった。


「ヘイゼルはこんなところで何を」


 不思議に思い、ファランヴェールが尋ねる。


「そう思うだろう。だがな」


 そう言うとキャノップはディスプレイ上で、脱走した時の所属学校と確保地点を線で結び、そして延長させた。するとその直線のほとんどは、ある地点へと集まっている。キャノップはその地点の近くにある町を指で指し示した。


「これは、ウェークという町だ。規模は小さいが、高級住宅地になっている」


 その言葉に、ファランヴェールははっとなってキャノップを見る。二人の視線が合わさった。


「フユ・リオンディが住んでいた町」

「そうだ」

「こんなことが」


 ファランヴェールは再びディスプレイを覗き込む。その耳元に、キャノップが消えんばかりの小さな声で囁いた。


「パーソナル・インプリンティングという言葉を聞いたことはあるか」


 ファランヴェールが怪訝な表情でキャノップを見る。


「いえ、初耳です」

「バイオロイドに、ある特定の個人を認識させる技術だ。開発はおろか、研究することさえ禁止されている。それが許されるのなら、バイオロイドを従えた独裁者が誕生してしまうからな」


 キャノップは端末を操作し、それまでの操作内容履歴を消していった。


「まさか、それがヘイゼルに?」

「分からん。ヘイゼルの遺伝子情報には、何らおかしな点は無かった。パーソナル・インプリンティングが開発されたという話も聞かない。まあ、ただの与太話だ」


 そして、端末を電源を落とそうとして、何かに気が付く。


「フユ・リオンディがヘイゼルに共同訓練を申し込んでいる」

「そうですか。さっき確認したときは、そうではなかったのですが」


 と、バイオロイドのリストに載っているヘイゼルの名前の横にあったフユの名前が、黄色から青色表示へと変わった。


「ん……ヘイゼルが承認したようだ」

「こんな時間にですか。もうメンテナンスカプセルに入る時間を過ぎているというのに」


 それはバイオロイドにとっての謂わば『就寝時間』である。

 怒ったような表情のファランヴェールを見て、キャノップの顔に笑顔が浮かんだ。


「まるで、保護者のようだな」

「からかわないでください」


 ファランヴェールの表情が、照れたような、それでいて困り果てたようなものへと変わる。


「ヘイゼルはどこかに行っていたのでしょう。戻ってきただけまし……」


 そこで何かを思いついたように、ファランヴェールが口を閉じた。ヘイゼルが行こうとする場所など、一つしか思いつかない。しかしそれは、規則で禁じられている行為だ。

 しかしキャノップは、そんなファランヴェールの様子を敢えて指摘しようとはしなかった。


「ヘイゼルの脱走癖がこれで治るのなら、それはそれでまた問題がありそうだ。すまないが、ファランヴェール。しばらくの間、二人の様子を見ていてくれ」


 話はこれで終わり。そう言わんばかりに、情報端末の電源を落とした。


「それは保護ですか。それとも、監視ですか」


 ファランヴェールが聞き返す。


「両方だ」


 キャノップの返事に、ファランヴェールは少し眉を寄せながら、小さくうなずいた。

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