5 シンボルの意味
ノック音に反応し、ウォーレスが手元の端末を操作する。するとドアのロックが外れる音がして、ついでドアがスライドすると、ヘイゼルが勢いよく部屋へと入ってきた。
「フユ!」
黒いドレスがフユの胸の中へと飛び込む。
「ほら、ヘイゼル、部長の前だよ」
フユがそう諭すと、ヘイゼルは不服そうな表情を見せながらも、フユから体を離した。
「別に構わないが」
ウォーレスがさらっとそう言ったが、それに対してヘイゼルが「良いってさ」と言うのを、フユが「だめ」と釘を刺す。
「ご苦労だった。今日の検査は終わりだ。もう帰っていい」
「部長、お聞きしたいことがあります」
「なんだ。言ってみると良い」
ウォーレスはデスクのチェアに座ると、さっさと自分の用事をし始めた。言葉とは裏腹に、あまりフユの言葉に興味を持ってはいないようだ。
「教会のことで」
しかしフユがそう言うと、ウォーレスの手が止まった。そして、ヘイゼルを連れてきた研究員に「すまない、外してくれ」と声を掛けると、再び部屋にロックを掛けた。
「何かな」
そう言いながらも、ウォーレスは再び自分の用事――何かの書類に目を通し始める。
「燃えた教会跡地ですが、あの中でヘイゼルが見たシンボルは、バイオロイド解放戦線のマークだったようです。でも、あそこは部長が使っていたんですよね? だから僕は部長が解放戦線とつながっていると思っていました」
フユがウォーレスと話した時、ヘイゼルが聞いた話として、ウォーレスがバイオロイド売春斡旋の場所としてあの教会を使っていたと指摘した。
あの時、結局ウォーレスはそれを否定しなかったのだ。
「そのことか。それなら、それは誤解だ」
「誤解、ですか」
「ああ、あの教会跡は、私が使っていた場所ではない」
ウォーレスが顔を上げる。その表情は、軽薄でつかみどころのない、いつもよく見るウォーレスの表情に戻っていた。
「うそだ、ボク、色々聞いたよ」
ヘイゼルが横から口をはさむ。ウォーレスはそれに軽く笑って見せた。
「それはきっと、私が話したことが断片的に意識に残っていて、それが繋がってしまった結果だろう」
それを聞いてフユが少し驚く。
「じゃ、じゃあ、なぜ前にその話をしたとき、部長は否定しなかったんですか」
「君が周囲にその話を触れ回るかどうか、見ていた。もしそうなっていれば、君を『ありもしないことを言いふらす大ぼら吹き』にしたてることができたんだがね」
ウォーレスはフユに向けてニヤッと笑った。
フユの背筋に少しヒヤリとするものが走った。ウォーレスはフユにいくつかトラップを仕掛けていたのだろう。
「では、あの教会は」
「火事の犠牲になったバイオロイドの中に、私が『保護』していたバイオロイドが何体かいたんだよ。でもそれらはみな、行方不明になっていた」
「行方、不明、ですか」
「ああ。言わば、『誘拐』されたものたちだ。しかし、知っての通り、警察に届けるわけにはいかなかったからね。どうも、メンテナンスも碌にされず、あの場所に軟禁状態だったようだ。きっと、何かの研究に使っていたのだろう。登録を抹消された者たちだったからね。違法な研究にはもってこいだ」
「解放戦線のシンボルが教会にありました。解放戦線が使っていた建物を、誰が?」
その問いかけには、ウォーレスは少し困った表情を見せた。
「分からない。証拠隠滅のため誰かが教会に火をつけ、バイオロイドを丸ごと焼いた。消火隊の中に、そのシンパがいたはずだ。『生き残り』を出さないために、脱酸素消火剤を使った――と、私は見ているが、真相は藪の中だ」
「その中に、ヘイゼルのクローンがいたはずです」
フユの言葉が少し熱を帯びる。
「そうだったのか。バイオロイドの死体はすべて管理局に回収されてしまってね。その調査結果は全く表に出てこない。調べようとした者も、消されてしまった」
ウォーレスが言っているのは、元管理局員だったカーミットのことだろう。
「なんて惨い」
ヘイゼルが思わず声を出す。
「でも、シンボルがあったのなら、はっきりしています。解放戦線の仕業ですよね」
フユの言葉に、ウォーレスが端末を操作し、そこに映った画像をフユに見せた。
「リオンディ君の言う『シンボル』とは、これのことか」
そこには、円と、その内部に一本の直線とその左右に枝のように曲がる曲線が描かれたマークがある。
「そうです」
「そうか、君は知らないのか。このマークは元々、バイオロイドという存在そのものを表すものだ。何もバイオロイド解放戦線のシンボルというわけではない」
「どういうことですか」
それはフユにとって初めて聞くことだった。ヘイゼルが教会で見たというマーク。カーミットがフユに見せたもの。そしてフユが持つ唯一の家族写真の裏に描かれていたもの。
ずっと、バイオロイド解放戦線のシンボルだと思っていた。
「バイオロイドには、五つの源流がある。そのシンボルだ」
「五つ、ですか? でも線は三本しかありません」
フユが画面を指さす。
「ははは。まあ、普通はそう思う。これは元々は、色が付けられていてね。外側を縁取る白い円、内側の地となる黒い円、そして赤い直線、青、緑の曲線。その五つの要素でできている」
その五色。それは確かに、バイオロイドの祖であるものだった。
「じゃ、じゃあ、このマークは解放戦線のものとは限らないんですね」
「ああ、そうだ。まあ、教会跡の事件は、解放戦線の仕業だと私も思うがね。あの事件は犯行声明が出されていないので、それ以上は私にも分からないな」
ずっとフユの心に引っかかっていたことが、取れた。フユの父は、解放戦線の一員だったわけではないのだ。あの、カグヤという女性の言う通りだったようだ。
ふと、フユは思う。じゃあ、あの写真の裏にマークが描かれている理由は何だろうかと。
何か理由があるのかもしれない――
「もしかしたら、近々また何か事件が起こるかもしれない。君たちもその心構えは持っておくように」
話が終わった後、部屋から出ようとするフユとヘイゼルに、ウォーレスはそう声を掛けた。
「分かりました」
フユはそう返事をしながら、もう一度カグヤ・コートライトに会いたいと考えていた。
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