目的
1 リビングの中の戦争①
「だから、なんであいつがいるの!」
ダイニングテーブルでフユの隣に座っていたヘイゼルが、エプロン姿でキッチンに立っているファランヴェールを指さす。
この行動自体もう四回目なのだが、フユは我関せずというように、ファランヴェールが用意してくれたシチューを口に運ぶ。
「ファルが料理得意だなんて、知らなかったよ。美味しい」
フユの感嘆に、ファランヴェールが「光栄です、マスター」と笑った。
バイオロイドは、人間のような食事はとらない。だから自分用に料理をする必要は全くないのだが、エイダーになれなかったバイオロイドの中には介護や看護などの職につくものも多く、彼らは料理をこなす。
もちろん、ファランヴェールはそのようなバイオロイドとは違う。それだけに、フユには少し不思議に思えた。
「どこで覚えたの?」
不満げな様子のヘイゼルをフユは左腕で抱き寄せ、右手でさらにシチューをすくいあげる。ヘイゼルが「ぷぅ」と唇を鳴らした。
「それは」
と、ファランヴェールが口をつぐむ。どうも答えにくい様子だ。
「いいよ、ファル。それより、おかわりもらえる?」
「はい、マスター」
ほっとした安堵と申し訳なさげな罪悪がないまぜになった表情で、ファランヴェールは差し出されたボウルを受け取った。
「昔の『マスター』に作ってあげてたんでしょ」
そこにヘイゼルの棘をふんだんに盛り込んだ言葉が投げかけられる。
「ああ、そうだ」
ファランヴェールはそうとだけ答えると、シチューをよそうためにキッチンへと戻った。
シティを襲った連続爆破テロ事件から五日が経っていた。その後数日フユは、対テロ過程の生徒たちと一緒に当局から事情聴取をされたのに加え、学校への報告書、もちろん授業や課題、訓練などによる多忙さに追われてしまった。さらにヘイゼル、ファランヴェールのメンテナンスもあり、フユは部屋でバイオロイドとの『訓練』をする暇がなかったのだ。
やっと落ち着いたこの日、フユは二体のバイオロイドを同時に部屋へと呼んだ。ファランヴェールはその内心を顔には出さなかったが、ヘイゼルは露骨に嫌がる様子を見せた。それがまだ続いているのだ。
「ヘイゼル、いらないこと言わないの」
「ホントのことでしょ? あの『おばさん』が言ってたよ」
実際のところ、イザヨ・クレアという女性の年齢は、フユにはとうとうわからずじまいだった。
ネットワーク上に公開されているプロフィールにはただ『非公表』とだけある。写真はいくつかあるが、顔にはいつも厳めしいゴーグルがかけられていて、季節に関係なく首元にはスカーフが巻かれていた。肌の露出が極端に少ないのだ。
会ったことがあるはずのファランヴェールに聞いても、「分からない」としか返ってこない。しかしヘイゼルは、そのイザヨのことを平然と『おばさん』と呼んでいた。
「僕と同い年にも見えたけど」
フユのそのつぶやきに、ファランヴェールがシチューの入ったボウルをフユの前に置きながら「それはありえません」と笑った。
「少なくとも、五十歳は超えています」
「五十歳?」
あまりに想定外の数字に、フユが驚いた声を上げる。
「さすがにそうは見えないけど」
シチューを口に持っていきながら、フユがファランヴェールに確かめる。ファランヴェールはフユの真ん前に座ると、フユの目をじっと見つめた。
「私が彼女に初めて会ったのは、今から四十年前。その時から、彼女はほとんど変わっていません」
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